「もう三分経ったかな」
「コンビニからここまでで、もう経っただろ、それ以上」
「そっか。御曹司ってこういうのあんまり気にしないタイプ?」
「ん。早すぎなければいいんじゃねって思っちゃうタイプ」
蓋止めのシールを剥がし、熱を持った雫が飛び散らないようにゆっくりと開ける。湯を規定以上に吸ったせいでスープが上から見えなくなっている。箸で突くと、チープだけど、どんな人間の胃袋もいとも簡単に掴んでしまうような、そんな匂いが鼻腔をくすぐった。
「蓋これに入れて」
「サンキュ」
勝がレジ袋にゴミをまとめ、俺たちの間にグシャリと置いた。河川敷は風が強い。飛んでしまいそうだったから、俺のスマホを重石にする。
「いただきます。んっ、あつい、うまい、しょっぱ、うま」
目をぱちぱちさせながら薄くて噛み応えのない麺を口いっぱい頬張る勝が面白くて、食べながらにやけそうになる。
退院してから、こんなジャンクフードを食べる機会ってあったんだろうか。病院食が薄味で和食ばかりだというのは何回かのお見舞いで聞いていたけれど、勝のあの両親の事だから、家で過ごすようになってからも栄養バランスの取れた模範的な家庭料理が毎日用意されていたのだろう。
「カップ麺ってこんなにしょっぱかったっけ。俺が寝てる五年間に味変えたのかな、メーカーが」
「そんなことないと思うけど。久しぶりだから舌がびっくりしてんじゃない」
「確かになあ。のど乾く」
飲みかけでよければ、と言ってトートバッグの中に入れていたペットボトルを差しだすと、勝はいいの、という顔をしてから一口飲んだ。
「御曹司、大人になったよな」
「なんだいきなり」
「こういうとき、真っ先に『間接キスー!』とか騒いでた、五年前なら」
「まあ、五年も経てば……」
勝がまたカップ麺をすする。一気に吸いすぎて麺が口いっぱいになるから、咀嚼に時間が掛かっている。食べ慣れてないのが伝わる。
中学二年生の冬。交通事故に遭い、それからいわゆる植物状態だった勝。彼にとってこの五年間は、全く「なかった」わけではないらしい。例えば、四肢は成長を続けていた。筋肉は使わない分衰えていったけれど、細胞はゆっくりと入れ替わり続け、鈴木勝は一八歳の青年としてベッドの上で目覚めた。
ただ、勝の鈴の鳴るような声だけは五年前と変わらないままだった。のどの筋肉を使わなかったからだろうか。少年のような、少女のような、どちらともつかない彼の声。勝は俺と違ってかなりの細身ではあるものの、明らかに男と分かる体躯をしているから、なんとなく声と釣り合わない感じがする。けれど、それがまた人を、というか俺を惹きつけるのだった。
思い返してみると、俺は声変わりが早かったほうだった。まだそれが来ていない友達からからかわれた記憶がある。最終的にはあまり低くならなかったのだけど。今では好きな曲の高音部分を余裕で出せるのが小さな自慢だ。けど、心のどこかで中途半端に大人になった自分をこの時々裏返る声が反映しているように思えた。
大人にはなりたくない。もちろん勝のような声には戻れない。体格だってそれなりに肩幅はあるし、背は同い年と比べてもそこそこ高くなった。トレーニングしてるわけじゃないけど、筋肉は自然とついてしまった。でも、それでも、俺は大人にはなりたくなかった。
勝の黒髪が風に揺れる。黒い眼が遠くを見ている。ピンクがかった滑らかな肌。半袖から伸びる白く細い腕。十八歳の鈴木勝は俺の求める姿をして夏のぬるい風に吹かれていた。
「思ったんだけどさあ」
「え、何、御曹司」
「あー、御曹司って呼ぶのやめね?」
「えっ、ごめん」
「あ、違う、怒ってないよ全然。ただ久しぶりにそう呼ばれたから、ちょっと、アレっていうか……」
「あー、うん。わかってる。じゃあ、輝……コウ? こうかな?」
「コウだけに?」
「は? 審議中」
「全然変わんねー」
口を開けてけらけらと笑う勝を見て、俺は自分が随分と大人しく笑うようになったのだと気づいた。
俺たちは今、一時的に同じ家で暮らしている。というのも、勝がまだ入院していた今年の春に彼の姉から声をかけられたのがきっかけだった。
中学生の時に経験した一連の出来事は俺の記憶に深く刻み込まれ、毎年の春休み、進級するたびにそれを伝えに来るため見舞いに来ていた。そして今年の春、勝の姉から彼の容態が急変し、意識が戻る可能性が高いことを伝えられた。それからすぐ、三月三十一日の深夜、日付の変わる時間に鈴木勝は目を覚ました。
勝の姉は俺に、彼の唯一の友達として傍にいてほしいと言った。勝の傍にすぐ寄り添える人物は、唯一見舞いを続けていた俺以外にいなかった。俺も自分の意志として、願望として、傍にいたかった。隣にいることを望んだ。それは勝が最先端の科学技術を使って驚異的なスピードで身体を回復させた後も変わらない想いだった。
そこで勝の姉から提示されたのが、マンションで勝と俺がシェアハウスをするというものだった。彼女の用意したマンションは俺の通う大学から三駅離れた好立地。親戚の家に下宿して通うよりもはるかに便利で都合がよく思えた。
勝はそこで通信制高校の課題をこなしながら、生活スキルを身に付ける。俺はそこから大学に通う。家賃などの生活費は勝の家が負担するとのことだったが、俺の両親がこのことを知ってからは、親同士で話し合って色々やりくりすることになったらしい。ちょっと難しい話だったからあまり聞いてなかった。勝もよく分かってなかったし。
「明日も休みだったらいいんだけどな。大学って休んでも怒られないんだろ?」
「まーそうだけどさあ。単位落としたら自分の責任になるし、先輩から一年のうちは真面目に出とけって言われてるし」
「そっか」
勝は毎日が休みのようで、実際は毎日が勉強の日だ。もともと塾に通って勉強するのは得意だったらしく、ネットで解説動画を見たりしながらハイペースで自習を進めている。まだ六月なのに、もう中学生の学習は一通り済ませ、高校の内容に手を付けているらしい。
「ごちそうさまでした。コウ、どうする? 家帰る?」
「うん。何か買うものあったっけ」
「あった気がするけど忘れた」
「俺も覚えてない。いったん帰ろ」
マンションの暗証番号を入力している途中、勝が明日の食事を買うのを思い出したから、二人でスーパーに行って惣菜と食パンを買った。夕食は冷凍してた米を使って勝がチャーハンを作った。中華スープの素を入れたほうが美味しくなることに二人気づいたから、明日買ってくると言った。
単調な生活という闇の中で、卯月コウはまさに光だった。
目が覚めてから、家族以外との人間関係は、ほとんどリセットされてしまった。中学二年生の時にできた友達の中で俺の事を記憶の中に留めている人なんて数えるほど、いや誰もいないかもしれない。
事故後、最新の医療機器を使って治療するために俺の身体は東京の大病院へと移った。家族もそれに伴って引っ越した。両親と姉貴からは今でも突然「ごめんね」と言われる。それが何に対しての事なのかは教えてくれそうにない。俺だけが知らないことがある。その孤独感は誰にも言えなかった。
それでも、この短期間に一人暮らしできるまでに回復したのは父と姉貴のおかげだ。今はあの消毒液臭い病院からマンションに引っ越し、コウと二人で暮らしている。友達と暮らすのは面白いことのほうが多くて、何の不満も抱いていない。ずっと一緒にいたって何も苦に思わない。病院と違って、同い年の目線で会話ができる相手がいる環境はとても良いものだ。
だけど、コウは大学に通っている。だから昼間はひとりぼっちだ。これでは病院でリハビリしていた頃と何も変わらない。勉強以外にはインターネットだけが暇つぶしだったけど、流行りのものにはまだついていけない。何より、インターネットを見ているだけでは、世界から取り残されているような、こう、漠然とした不安……みたいなものは拭えなかった。ベランダからは地元とは全く違う景色が広がる。少し遠くでビルの工事が行われているのが見える。下の公園では学校終わりの小学生が集まっては散りを繰り返す。世界は俺なしでも姿を変えていく。
そんな中で見えるあいつの姿は常に光を帯びていた。。
「勝、もう俺英語飽きてきちゃった」
あいつ、卯月コウはそう言って大きく伸びをした。
「飽きたって、まだ十分も経ってないんだけど」
「んあー、飽きたってのは、勝とこの問題集に取り組むことについてじゃなくてさ、英語を使うことにっていうか……」
「親父さんがイギリス人だからってなんだよ、この御曹司!」
「いやいや。今ってネットの翻訳サイトとか発達してんじゃん。それの間違いを訂正できるレベルには文法とか分かってたほういいと思うけど……。スペルの間違い気にしてるぐらいだったら、一つでも多く色んな文化に触れておいたほうがよくね? って話で」
「何が言いたいんだ」
「勝に見てほしいものがあるんだけどさあ」
「え? なんだろ、見せて見せて」
「残念ながらエロいのじゃないぞ」
「そんなの期待してないって!」
コウはトートバッグからタブレット端末を取り出し、少し操作した後でこちらに画面を見せた。
よく知っている動画サイトの画面だ。タップして再生する。「あなたの世界を見せて」。特に上手くもないありふれたコピーが大きく表示される。そして、次の瞬間、画像と動画と音楽が同時に頭に飛び込んできた。真っ赤なドレスを着ている肌が蛍光色のお姉さん、音楽は聞いたこともないリズムを刻む、ライブハウスで瀬戸物を壊すパフォーマンスをしているタキシードを着たお兄さん、音楽の速度が増す、中性的な少女がこちらに向けてピースをした、合っているのか何なのか分からないピアノリフ、散らかったワンルームのベッドの上で虚ろな目をしたお兄さんが涙を流し……。
「何これ、すごいけど、何」
動画が終わり、公式サイトのリンクをタップしながら俺は言った。
「簡単に言えば、個性的な才能を発掘するためのモデルオーディション。有名な芸術家とか作家が審査員やっててさ。進路は、ほらそこに書いてあるみたいにモデルとか、アーティストとか、イラストレーターとか、デザイナーとか、アイドルとか、芸人とか、本人のやりたいようにやれるわけ。まあとにかく、人とは違うセンス持ってる人のための自由なオーディションなんだよね。グランプリとか、そういう何かしらの賞もらうと、そんな感じの業界からたくさん仕事が来るらしい」
「あんまりよく分からないんだけど……。こういうの、サブカルっていうの?」
「んー、サブカル……地で行ってる人もいて、そういう人はすごいカッコいいけど、最近は『ぶってる』人の受賞も多くて、俺はあんまり、まあ、えっと、それはどうでもよくて……。勝さあ、これに応募してみないか?」
あまりに唐突なことを言われて、は、という顔で固まってしまった。
「気にしてたらすまん、でも、勝のその良い声が、声だけじゃなくて、純粋な性格とか、そのものがさ、もっと世の中に評価されてほしいと思ったっていうか。……すまん、本当にさ、気にしてたら、嫌だったらもう言わないから。あの、勝の良い所が、個性がもっとそのまま認められる場があってもいいんじゃないかと、思ったん、ですぅ……」
見事なくらい盛大にどもりながら、聞いたことがないくらい弱々しく消えそうな声で言われたから、内容はともかくとして、つい笑ってしまった。
「人が頑張って言ってんのに、笑うな」
「ごめんごめん、あはは」
オーディションの公式サイトには、「国籍性別年齢不問、日本で最も≪自由≫なオーディション」とある。自由、個性。
「面白そうではあるけどさ、俺、さっきの動画の人たちみたいにすごいことできそうにないよ」
中学まで、特にこれといった特技もなく過ごしていた。普通であることへのコンプレックスは五年前と変わらず持っている。どこにでもいる、普通の人間だ。否、普通より劣っているのかもしれない。何せ眠っていただけなのだから、精神的な成長なんて五年分抜け落ちているわけで、それが十分なハンディであることは理解していた。。
「そういうのは後付けでもいいんじゃないか? 勝って正直見た目いいし、それだけでも十分イケると思うね」
「は? 何だよいきなり気持ち悪いな」
「ほんとだって、童顔だし、黒髪は染めてないから傷んでないし、肌きれいだし、スタイルいいし、清潔感あるし」
「コウってそんなにキモかったっけ」
はい、とタブレットを返し、へらへらと笑うコウを無視して英語の問題集に目を落とす。
見た目がいいのはコウ、お前のほうだろ。明度の低い金髪は中学生の時と同じ。綺麗な石みたいな目の色は街中でも目を引くだろう。親父さんの血を濃く引き継いでいるらしい。そして、女の子にはモテそうな、細身だけど、さりげなく主張する筋肉。テニスはまだ続けているのだろうか。声は中学生のときみたいに時々裏返ることもない。突然優しい調子で語り掛けられたら、どうしよう、男でもくらりと来てしまうかもしれないような、そんな特徴的な、ふにゃっとした声質だけど。
世の男が喉から手が出るほど欲しがるであろうあらゆる要素を卯月コウは生まれながらに持っている。なのに、それを対人関係に生かそうという気は全く感じられない。今日だって白いTシャツに無難な色のシャツを羽織り、スキニーパンツを合わせただけの格好をしている。伊達メガネもかけていると、いくら金髪とはいえかなり地味になる。オシャレに興味がないのか、あえてそう見せているのか。コウのことだから、前者だろうけど。コウに彼女とかできるわけないしな。
「一問も解いてないじゃん」
「今解こうと思ってたんだよ」
「わり」
それでも、中学生の頃のコウは俺にとってませた知識の提供者だったものだから、色恋とか、女の子とか、モテとか……そういうのから一歩引いたような雰囲気の彼に少し驚いた。と同時に、安心感を覚えた。なぜか。いや、ほんと、なんでだ。
一つのカップ焼きそばを二人でつついている地味な身なりの男女を横目に、俺はテニスサークルのたまり場へ向かう。そういうの人前でやるのは高校生までだろ。大学で初めて恋人できたんだろうな。横に並んで座っているから、お互いの顔を見ずに済んでいるのだ。やっていることは大胆というか、恥知らずな感じなのに、二人向き合ってランチをするのはまだ恥ずかしいのかもしれない。彼らが、俺の兼サーしている文学系サークルの先輩だと気づいたのはそれからしばらく経っての事だった。新歓期間に履修相談に乗ってもらって、だいぶお世話になった記憶がある。
食堂のテラス席には、派手な髪色の集団がいる。ここが今日のたまり場だ。リュックで場所を取ってもらっていたから、そこに座った。
「うづコウ、いま暇?」
オレンジ色の口紅を塗った女の人が購買のパックジュースを片手に持って話しかけてきたので、曖昧にうなづく。
「良かった。あのさあ悪いんだけど、三限のレジュメ見せてくんない?」
「切ったの?」
「来て速攻で寝ちゃったからなんもメモしてないんだ」
「俺もそんなにメモしてないけど、それでも良かったら」
「ありがとー助かる!」
ファイルからA3のレジュメを取り出し、広げて渡す。オレンジ色の口紅の人はカメラを起動して撮影した。
変に真面目な人だ、と思う。寝るくらいだったら教室に来なければいいのに、わざわざ出席も取られない講義に出ている。
「ね、お礼にさ、スタバおごるよ」
「え、いいのに」
「新作飲みたかったんだけど、一緒に行く友達いなくて。ね、お願い」
一人で飲みたくはないんだろう。気持ちは分からなくもないけれど、たった一枚のレジュメでスタバをおごられるのは気が引ける。
「この後授業あるの? あたし今日バイトないんだ」
オレンジ色の口紅の人は見たことがないくらい完璧に微笑んでみせた。モデルみたいに笑える人なのだと思った。
「え、あー。遠慮しとくわ」
「え?」
「レジュメ一枚で女の子におごらせるのは悪いし」
「あっ……そっか。じゃ。ありがとね」
まばたきをしてからオレンジ色の口紅の人はたまり場を後にした。
「いや今のには乗っとけよ」
俺の隣にいつの間にか座っていた前髪の長い男がラーメンをすすりながら言った。こんな時間、つまり三時過ぎに食事をとる彼は、確か週二で夜勤のバイトに入っている。彼にとってこのラーメンは朝ごはんなのだろう。俺と同じく軽音サークルと兼サーしているから、名前もしっかり覚えていた。
「乗っとけよ、って何だよ」
「完全にあの子気があるでしょ、コウに」
「え、そうなの」
「ボケてんじゃねーよ。レジュメ持ってるのに、わざわざコウのメモしたレジュメ見せてって言ってくるのって絶対他意あるでしょ。分かりやすすぎ。ま、あの子、同期女子の中でもいかにもな大学デビューって感じでそこがカワイイけど」
前髪の長い彼は鍛え上げられた観察眼をいかんなく発揮した。目の付け所が自称クズの彼らしい。独特の感性が最初は苦手だったけれど、とりあえず付き合いを続けている仲だ。
「あんまり話したことないからよくわかんないけど」
「うわ何だよ。コウが来るまであの子何の話題でもシームレスにコウに繋げるヤバいトークしてたよ。コウは女の味方だから安心して悩み相談できるとか言ってたし、すげー仲いいんじゃんって思った。さすがに俺、手出しちゃダメだなって」
「だって名前も知らないし」
「……は?」
「あの子、あの、オレンジ色のリップの子でしょ。名前思い出せないんだよね。だからあんまり話したことない気がする」
「お前マジで何なの」
前髪の長い男はため息を大きくついて、ラーメンのスープをゴクゴク飲み干した。丼の大きさからして特盛だったはずなのに、完飲とは。まさに痩せの大食いだ。
「ほんと女みたいだな。いや女でもこんな奴いねーわ。今のって、チャンスじゃん、彼女作る。欲しくないの?」
「今は別に、そういうの考えてないけど」
「あーはいはい。そういえば前に俺が軽音の飲みで潰れた時、友達の家に泊まってるから引き取れないって言ってたもんな。思い出したわ。その友達と一緒にいるから別に寂しくないんだろ?」
「まあ、確かに。一緒に遊んだりできるし、遊ばなくても部屋にいるだけでなんか安心するかもしれない」
自分が普段思っているよりも数倍しおらしい事を言ってしまったような気がして、ぎくりとした。
「うーん。女の子と違ってさ、男って同性で二人きりになるの苦手なもんだと思ってたわ。だって気まずくね。話すことなんてやれそうな女の話か気に入らない先輩の悪口くらいだろ。少なくとも俺はそうだわ」
はは、俺クズだから。そう言って男は笑った。
言われてみればそうかもしれない。女の子は休日に二人で買い物に行ったりするらしいけど、男同士でそれは滅多に聞かない。いつから男は群れなくなったのだろう。
そして、どうして俺は勝との生活に違和感を覚えないのだろう。勝は男だろ。でもどこか女っぽい所もある気がする。これが俺の憧れる少年性なのだろうか。しかし勝は同い年だ。眠っていた期間があるとはいえ、いずれ彼も大人になる。そうしたら、二人きりでいるのもつらくなるのだろうか。話す話題が異性嫌悪や他人の悪口ばかりになってしまうのだろうか。そんなこと考えたくもない。あの純真な勝にそのままでいてくれないかと今すぐ言いたい。
こうして良からぬ想像を巡らせている間にも、勝は一人で勉強をして大人になろうとしている。どうか、どうかその高い声で俺の名前をもう一度呼んでほしい。
用事ができたから、と言ってたまり場を離れ、図書館の近くの日陰のスペースに腰かけ、俺は昨日見せたサイトの応募フォームに鈴木勝の名前を入力して送信した。返信によると写真が必要だったから、家にすぐ帰って勝を説得してスマホで撮影し、一次審査へ応募した。
応募したご友人は少年性を求めているみたいだけど、あなた自身はどうしたいの 大人になるとか、少年のままでいるとか、そういう単純な二項対立ではないと思う あなたの置かれた状況は特殊だけど、あなたがそこからどう頑張っていきたいかが人生の難易度を決めるカギになるよ
「勉強したい」という動機 他の応募者はほとんど完成された状態で世に出ようとするが、鈴木勝は芸能界やファッション界を学びたいという意思が明確にあるという点で異質