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suidosui_txt

suidosuiの小説まとめです (NSFWはここにありません)

求血期の終わり

剣持と葛葉の関係性が好きなので書きました。
ヴァンパイアという属性がとても好き。
耽美になりすぎないように、カップリングっぽくならないように書いたのでタグつけています。

注意
暴力、流血、恐怖、吸血、など
バーチャル高校生が大学に自由に出入りしています
吸血鬼は一人暮らしですが、魔物を召喚して家事をやらせています

バーチャルYouTuber にじさんじ
剣持刀也 葛葉



チャプター1 俺の終わり

 ネットワーク接続がない。と来た。回線に不具合が起きている。葛葉は原因を特定してみる。しばらく考えてみるものの、電気工事業者を呼ぶしかなかった。
 あーあ。明日の大会に向けて少しでも新キャラに慣れておきたかったのに。今まで通り使い慣れたキャラでパーティー編成を考え直さないと。
 電気工事業者はまず、葛葉の部屋にやってきてコンセントの蓋を開け、ケーブルを引っ張っていた。もう一人の業者が不具合の詳細について尋ね、ゲーミングパソコンの様子を見せることになった。
 うわ、ちょっとやだな。葛葉は思わずそう思ってしまった。いや、業者の方に直してもらえるのはありがたいんだけど。最近、脳がうまく回らなくてなのか、デスク周りがゴミまみれになっていた。
 ゴミ出しや掃除片付けの部分は魔物を召喚してやってもらっていたが、この数週間、魔物のいる気配がない。魔物は人間の姿をとることができるが、話し言葉は魔界の言葉だ。葛葉も完全に意思疎通がとれるわけではない。しかし、召喚者の命令に従う程度のことはこっちの世界に来てからずっとできていたことだ。
 慣れているのか、業者はゲーミングパソコンの分解をして、埃まみれになっている様子を見せてくれた。これをクリーニングすれば接続もうまくいくかもしれないという。回線のほうは全く問題がなかったらしい。
 あーあ。面倒くさい。こんなことしてて、明日勝てるのか? 指示された通りクリーニングをするが、クリーニングも業者を呼べばよかったなんて思う。でもそんなことしてたら明日の大会に出場できない。事務所のスタジオを借りて急遽やることはできるか? いや、食べ物の案件で小さな配信室は全部埋まっている。
「俺、明日辞退すんのかな。こんな感じで、配信者終わんのかな。ありえそうで、怖いんだよな」
 配信者としての自分の終わりは、もしかしたらあっけなくこんなものなのかもしれない。
 あの人ならなんて考えてんのかな。葛葉と対になるような彼の顔が自然と浮かんでいた。ゲームの大会にも出ないし、のらりくらりと自分のペースできまぐれに配信をしている、あの先輩。
「僕の終わり? あー。考えたこと何度もあるよ。デビューした年はほんと、いつ終わっても悔いないようにしてたし」
 通話をかけて相談すると剣持も同じように自分にとっての終わりとは何か考えていたみたいだ。運命みたいでぞっとした。
「……怖くないんすか?」
「怖いに決まってるだろ。どうしようなー。ほんと」
 葛葉は頭のいい剣持のことだからきっと剣持なりの答えはすでにあって、一緒に悩むふりをしているのだと思っていた。
 だけど、剣持は「剣持刀也」が終わる可能性に再び思考を巡らせながら、不老不死のように思える葛葉は自分の寿命についてどう考えているのか知りたがっていた。そんなこと、葛葉には微塵も悟られていなかったのだが。
「俺も吸血鬼だけどだいぶナーフされてて、ほとんど人間と変わんなくって。ほんとに不死なのかすら分からん。試すわけにもいかないし」
「家族から説明されたりしないの」
「それは吸血鬼の跡取りだった頃で、バーチャル吸血鬼となるとどうだか」
「ふうん。僕もバーチャル高校生になってしまってから、そこら辺曖昧なんだよ」
「またまた。ご冗談を! ま、最近は本気で吸血鬼の能力が使えなくなってるっぽくて。変に眠いし、だるい」
「なんかあったの」
 葛葉が口頭で今の住まいの荒れ様やネット回線の状況をまとめると、剣持はうちに来ないかと言ってきた。
「あれ、実家暮らしじゃないんすか」
「ちょっとお金貯めて、都内の一軒家買ったんだ」
「家! 買ったんすか」
「リスナーには音の反響? とかでとっくの昔に環境変えたのバレてるけど。なんでバレるんだろ。普通の住宅街だよ。都内の」
「じゃあ明日行ってもいいすか」
「え、うちのパソコンで大会出るの」
「前にスペック聞いてたんでいけると思うんすけど。予定ないっすよね?」
「マウスとか普通のだよ……?」
「持参するんで。とにかく、いいすか? ていうかしばらく泊めてくれます?」
「厚かましいなあ~! 大会だけだからな! なんか食べるもの買ってきて。それでチャラにしよう」
「サイコウ~!」
 そう言って通話を切る。とりあえずの配信環境は借りることができた。
 と同時に、もちさんが一軒家を買ったことすら把握していなかったことに少しショックを受けた。スタジオとかでも会って……ないか。葛葉の調子が崩れてから、収録を延期するようにしていた。他のライバーとのコラボも、雑談をしていてももちさんの話題はなかった。普通にプライベートだから配信に乗らないというのもあるけど、配信外でイブとか叶が言っててもおかしくないのにと思った。そういえば配信後に疲れやすくなって、ボイスチャットから抜けるのが早くなっていたようにも思う。
 これ、しばらく活動休止するか。大会をキリにしよう。
 自分が今どういう状態なのか。ファンタジーな吸血鬼としての自分と、SFなバーチャルライバーという自分が拮抗しているのか、混濁しているのか、曖昧になって輪郭が見えなくなる。高校生という檻の中で自由気ままに生きているあの人と話したばかりだろうか。自分の存在に自分で疑いを抱いてしまう。
 炭酸飲料でも飲んですぐ寝ようと、冷蔵庫へ向かう。世話係の魔物が念のために買っていたらしい、冷凍して長期保存がきくミールキットを横目に、ノンカフェインのチル系の微炭酸をその場で開けて飲み干す。あ、疲れた。食事もあまり取っていないのに気づくが、ミールキットをフライパンで温めることすら今はできそうにない。どうしようか。あーそういえばクリーニングの業者探さないとな、これ宅配で送って直してもらえばいいのか? やり方調べるのも面倒だな。
 そう、あれこれと思考が飛び飛びになっていた葛葉の自宅の窓が、突然ひどい音を立てて割れる。いやここタワマンの最上階だが? 重い生き物が飛び込んできて立ち上がるのを音で感知した葛葉はアイランドキッチンにしゃがみこんで、必死に息を殺す。
「何回やろうとしてもダメだったのに、今日は上手くいった。吸血鬼は近くにいそうか」
「中途半端に弱体化してるせいで、匂いが分かんねえっす」
「我々の同胞を傷つけた恨み、必ず果たす……。結界を破れるほどに弱体化しているのだから、そのうち見つかるだろう。金目のもの、いや、身分証か何かを漁れ」
「それが、さっきから探してるのに、全然見つかんないんすよ」
 ヴァンパイアハンターだ。こちらの世界に葛葉が来る前、その存在を話半分に聞いたことがある。数十年前のアメリカでとあるヴァンパイアが暴走し、多くの人間を吸血鬼の僕にした。それに対し自警団のようなものが結成され、世界各地で吸血鬼を根絶やしにしているという。
 早く、親の元へ逃げないと。黒い戦闘服を着たヴァンパイアハンターが窓から飛び立つのを見送り、最低限の荷物を抱えてタワマンからすぐにタクシーに乗り込む。
「お客さん、どこまでですか」
「えっと、どこだったかな。思い出すまで時間かかるんで、とりあえず新宿駅まで」
「ええ、詳しく分かったら教えて下さい」
 どうしよう。吸血鬼の力が衰えていて、魔界への入り口が思い出せない。いや、これは違う。思い出せないようにされている。親が俺を拒否している。当然だ。ハンターに目を付けられた以上、一族を守るのが父の役目だから。
 何も分からないまますぐに新宿駅で降りて、ふらふらと路頭をさまよう。今にも襲撃されるのではないかという恐怖と、今から自分はどこへ行けばいいのか、そして何より強くなっていく眠気、疲労感。どこの道を歩いているのかも、地上なのか地下なのかも、分からない。
 それはまるで当然のことのようだった。路地裏でハンターが待ち構えており、暴力を振るわれる。
 全身に傷を負い、意識をかろうじて保ったまま「チャーム」でその場を攪乱して去り、葛葉は本能のままあの場所にたどり着いていた。



チャプター2 求血期の終わり

「起きた? 傷はある程度手当てしたけど、吸血鬼にこの処置で合ってるかな」
 安心できる声がする。ああ、もちさんの匂いだ。あと、消毒液や軟膏のにおい。そして、温かいココア。二つマグカップに用意されている。
「あ、あれ、あ?」
「葛葉に詳しく住所教えたことなかったんだけど。よく分かったね。スマホも画面バッキバキに割られて使えないし。なんだ、暴漢でもいたのか」
「そうっすね、なんかタゲられてて」
「吸血鬼だから?」
「間違いなくそうっすね」
「災難だったな。口の近くも切れてるから、熱いの飲めなかったら他の用意するけど」
「……今、何時っすか」
「通話かけてきたのが夜の十一時。今は夜中の三時」
「はは、大惨事。すみません、迷惑かけて」
「どうせ来る予定だったんだろ。いいよ。しばらく泊ってもいいし」
「……あー、どうしよう」
「なんだ」
 剣持にヴァンパイアハンターのことを説明する。そいつらがもちさんに危害を加えるとしたら、それは絶対に嫌だ。ここを出ていかないといけない。今頃俺のことを探しに回っているはずだから。
「その、ヴァンパイアってもっと葛葉以外にもこっちの世界にいるだろ。なんで葛葉が狙われてんの」
「俺を攻撃したら、うちの家系が反撃するとでも考えてんじゃないすか。あと、俺は有名になりすぎた」
「まあ、かなり名の知れた吸血鬼ではあるが」
「俺がやられたら他の吸血鬼にも襲いやすくなるって考えてそうっすけど。まあ、無差別に吸血鬼なら誰でも襲ってんのかもしれないっすけどね」
「だから葛葉はこっちの世界で、結界の張られたタワマンのワンフロアから出てこない引きこもりニートゲーマーになってたんだ」
「ふ、ふははは……。結界がない場所でも、以前の俺だったら吸血鬼の能力で人間になりきることができてたんすよ。でも今は、追跡できる程度には漏れ出てる。吸血鬼が」
「そう。喋るのもさっきから苦しそうだな。……リビングのソファだと寝苦しいらしいし、僕の部屋に来て寝るといい。前の持ち主が使っていたベットが来客用に引き出して使えるタイプだったから。おいで」
 言われるがまま、二階へついていく。未使用のルームウェアコラボの分の服を適当にポイポイと渡され、眠気に任せて葛葉はそのまま字の通り倒れるように眠った。
 再び寝息を立てる吸血鬼の後輩の安らいだ顔を見て、剣持は安心した。玄関先でうずくまっていた彼を介抱し、無駄に多く持っている救急セットで全身の処置を行う。葛葉は驚くほど軽く、通常の状態でないことが明らかだった。殴られて内出血を起こしている箇所や、刃物で肌を切られたような箇所。明らかに、普通のことではない。普通というのは、警察に頼んでどうにかなることということだ。銃弾が体のどこかからか落ちてきた。日本で銃弾が見つかる事件は、そう多くない。葛葉の様子からして、あっちの世界が絡んでいる事件が起きているのだと察した。
 しばらく処置を行い、いつの間にかうなされながら寝ていた葛葉をソファに横たえた。時々悲鳴をあげているのが心配で、剣持はキッチンで洗い物をしながら様子を見ていた。
 これは、相当限界が来てるな。葛葉にも限界ってあったんだ。そりゃあるか。でも、こんな形とは思わなかった。
 自分はどこか、バーチャル高校生である自分に満足がいっていなかった。それは、吸血鬼である彼が僕のような只の人間のバーチャル化より、ずっと遠いところにいると思っていたからだ。剣持の命は永遠ではなくバーチャルだ。年を取らないけど人間として致命的なダメージを負うことはある。剣持は体が弱い。体力はあるし運動神経もそれなりにいいけれど、風邪が長引きやすく、よくわからない発熱を起こしてしまう。念じれば自分の暗示でも発熱してしまうくらいだ。
 自分のベッドに横になって、目を閉じる。寝るのは得意で、明晰夢を見るのも好きだ。
 翌朝、剣持は配信部屋を葛葉用に整え、葛葉はチームメンバーに理由を説明して違う環境から後衛でサポート役に徹したいと申し出ていた。
 チームメンバーとしては、葛葉が強力な武器を操れる新キャラで来る想定をしていたため、夜に行われる大会まで何度も試行を重ねた。メンバーの誰も葛葉を責めなかったが、視聴者は今までのチーム練習を見てきているから「主人公の葛葉」を求めていた。
 試合が全て終わって、チームの結果が出た。味方チームでキル数が最も多いのは最年少の新人ライバー。葛葉は慣れた手つきで素早く味方を回復させクールタイムを短縮する技をかけながら、チームリーダーのコールに従ってトラップを仕掛けていた。新人ライバーは何も悪くないどころか、いきなり役割を交代したのにすぐ適応しチームを16チーム中4位にまで持っていった。
 しかし、ネットは荒れた。新人ライバーを目立たせるために葛葉が理不尽に交代させられ、喋りも本調子じゃなかったといった声が波紋のように広がる。犯人捜しが始まってしまった。いつもの葛葉なら絶対にこういう事態にならないようフォローアップを入れるものの、傷の痛みで配信を続けることが難しく、枠も最小限しか取らなかった。だから言葉が足らないまま、活動休止に入ってしまった。
「俺もう配信者やめたほういいんすかね」
「絶対ダメだって分かってんだろ。ほら、コーラ買ってきたからあげる」
 さっきまで葛葉が倒れこむように寝ていた配信部屋の床置きマットレスの上で、二人は座って冷たいコーラをのどに流し込んでいた。夜の零時過ぎ。いつもここで剣持は仮眠を取ってから配信枠を立てる。
「活動休止のこと、そういえば予約投稿できてます?」
「見たよ。僕が持ってる全部のアカウントでおすすめのトップになってたし、日本のトレンドになってた」
「……これがハンターを刺激するのは分かってんすけど、とりあえず拾ってもらったにじさんじにはこれ以上迷惑かけられないし。新人をフォローできそうなやつ、一応連絡入れてたけど」
「いつものゲームやってるメンツから、僕に色々連絡来たよ。みんな心配してる」
「本当に申し訳ねえんだよなあ。後衛に回っても、俺がいるだけで場が荒れる。迷惑かける」
「心配は、お前のことだよ。新人のあの子からもメッセージ来てたよ。僕の家で配信させてること、ディスコでチームのみんなに言ってたんだろ。情報がまわりまわって、僕もしばらく葛葉の近くにいられるようになった」
「迷惑ばっかかけて、本当に俺最悪っすよ」
「今回は葛葉も分かる明確な加害者がいるだろ。もしかしたら、吸血鬼の力が増せばハンターにも立ち向かえるようになるかもしれないし」
「力が衰えた原因も分からなくて。こっちにいすぎ、ってことはないんすけど。でもまあ、最近はアイドルやりすぎて攻撃性が減ってたからなあ。それもあるかなとは思ってるんすけど」
 剣持は、ちょっと目を泳がせて、いつの間にか持っていたたくさんの本やコピーされた論文のファイルを手に取った。
「今日は午前中に講義があったから、そのついでに僕なりに大学図書館で調べて来たんだけど」
 剣持は吸血鬼伝承について大学図書館で調べてきた。
「大学?」
「バーチャル高校生だから入れるらしい。バーチャル高校生だから講義も受けられるし。言っても意味ないから誰にも言ってないけど、電車ですぐのところに聴講生として通ってる感じかな。で……」
 そこから剣持は「リーメン」・生きることと死ぬことと不死であることと長寿であること・吸血鬼の起源とその周辺領域(ゾンビ・キョンシーなどの土葬文化圏で遺体を掘り起こした時の化学変化にもとづく伝承とルーマニアのドラキュラ公の逸話が近代に合体して現在の吸血鬼のイメージになっていく)などを葛葉に講義したのだが、あまりピンときていないようだった。まあ、あくまでもこれは人間の世界での吸血鬼伝承だから。
「で、さっきから恥ずかしそうになんなんすか」
「……いや、なんでもないんだが」
「嘘だあ」
「なんでも許しますよ。コーラごちそうさまっす」
 二人の缶を葛葉が片手でつかんでゴミ箱に入れる。
「葛葉は血を吸わないのか」
「……? まずそうだし、嫌っすよ」
「こちら側で調べたところ、血を吸えば吸血鬼の力が戻ると結論づけたんだけど」
「いや別に……。や、まてよ。そこまで俺、血を吸ったことないっすね。だから、分かんないっす」
「あー、そうなのか」
「ていうか。そんな短時間の調べ物でそんな結論導いてるの、もちさんらしくないっすけど。結論ありきじゃないすか」
「なんで体力ないのに勘は鋭いままなの」
「吸われたいの? 無理、ダメっすよ。だって吸血鬼の力がもちさんにある程度移ってしまうのは避けられないから。眷属とか僕になりたいんじゃないでしょ? そこまで深く吸わなくても、バーチャル高校生に吸血鬼の不老不死が加わったら取り返しつかないじゃないすか」
「……。やっぱり、そうなのかあ」
「何、もちさんって人間ライフをエンジョイ勢だと思ってたんすけど」
「まあ、そうでもない時もあるね」
「へえ。……。おい、伏せて」
「?」
 葛葉が覆い被さるようにして剣持を横にすると、配信部屋の窓がパリンと割れた。ハンターがここまで来てしまった。
「ここで配信してたのは確かなんですけど」
「おい。いるじゃねえか。ヴァンパイア、覚悟しろよ」
 黒ずくめのハンター達が、二人に近づいてくる。
「おい、俺を傷つけたら、一般市民のこの人まで被害者だからな!」
 葛葉がハンターを睨みつけ、そう吠える。
「ヴァンパイアの王子様だったか? 随分弱くなったな。家族にも見捨てられて、助けにも来ないままか。ヴァンパイアを根絶やしにするには高貴な家柄のを俺たちで始末すればちょうどいいと思ったんだが」
「俺はただのクソヒモニートだから、最初っから家族には見放されてんだよ。だから関係ないこの人を巻き込んでるお前らの失敗ってわけだな。人類の味方ぶりやがって」
「ヴァンパイアハンターは人類の味方ではなく、ヴァンパイアの敵だ」
 ハンターの中で最も背の高い者が、銃口を剣持に向ける。
「クソ、このバカども!」
「ヴァンパイアが苦しめば、それが我々にとっての勝利」
 初めて聞いた本物の銃声に、葛葉は固まることしかできなかった。力を失いもたれかかる剣持の心臓はまだ動いている。脈がドクドクと拍を刻み、初めて、葛葉はそれがおいしいものだとおもった。
 撃たれたのは左腕の付け根。痛々しい傷に目を背けるよりも、その滴る血を欲していた。
 初めての甘美な味わいに、葛葉はあふれんばかりの力が漲るのを感じた。
 気が付いたらハンターは失禁してどこかへ逃げていったようだ。窓から飛び降りて死体になっている者もいた。ひどいにおいを配信部屋につけてしまった。一緒に掃除しよう。もちさん。
 剣持は自分が葛葉に噛まれたことを知ってか知らずか、その夜のことはあまり話題に出さず、しばらく二人でその家に住んでいた。まるで何事もなかったかのように。
 葛葉は毎日、どうしようもなく胸が苦しくて、この人の顔をまともに見られなかった。
 あの時血を吸ったことで、剣持は吸血鬼の力のうち不死の属性を付与された。それが確かめられる機会なんてなかなかないから、本人もそこまで変化に気づかないのかもしれないが。銃弾が当たった箇所は取り戻した吸血鬼の強大な力ですぐに修復できた。服が一枚ダメになったのと、マットレスに真っ赤なしみができたこと。荒れた配信部屋を片付けたこと。このくらいで済んだのが奇跡みたいだ。
 相変わらず、午前中からどこかの大学へ出かけて講義を聞いて帰ってきた剣持に、生活リズムがぐちゃぐちゃの葛葉がたまに声をかけて一緒にゲームで遊ぶ。葛葉の気まぐれで講義の内容を教えてと頼むと家庭用プリンターでプリントを作ってくれて、穴埋め形式で分かるように説明してくれる。
 あるとき、魔物を呼び出す力が戻ってきたことに気が付いた。頼まれていた朝食の洗い物を忘れていた時、やり方をふと思い出し、呼び出してみたのである。だからもう、ここにいる理由も……。
 本当は人間であるはずの剣持を不死にしてしまった。バーチャルというのは不老を意味していたが、葛葉の吸血行為によって不死も与えてしまった。そんな生き物、なかなかいない。
 もう彼の人間らしい死はやってこない。
 コンビニで軽食を買って帰ってきた剣持に、食事をしながら、できるだけ自然に、そう伝えた。
 剣持は微笑む。なぜ?
「それが葛葉でよかった。永遠の一人であることのほうが怖いからね」
「そんな、俺のこといくらでも殴って下さいよ。勝手に吸血して、怒られるべきなのに……」
「きっと人類は科学技術を進歩させて寿命ももっと伸びる。未来を考えれば、そんなに気にすることではないと思うよ」
「ごめんなさい」
「僕の血は美味しかった?」
「すごく」
「じゃあよかったんじゃないか」
「いや、そうじゃなくて」
「いいんだよ、それで、きっと。ずっと二人でも、楽しくいこう」
「楽しくないかもしれない」
「じゃあ僕がずっと葛葉のことを楽しませてあげよう」
「あーあ。地球最後の生き残りになっても、笑わせてくれるんすか」
「当たり前じゃない?」

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