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suidosui_txt

suidosuiの小説まとめです (NSFWはここにありません)

逃避Esc

ある日突然、月ノ美兎からマンツーマンの「ボイス合宿」に誘われる剣持刀也。
どうやら彼女の様子がおかしくて……?
みとうや短編です。CP表現はありません。流行りのネタのパロディ等々含みます。
バーチャルYouTuber にじさんじ
月ノ美兎 剣持刀也

「みんなには本当に内緒で、どこか知らない所に行きましょう。そこでお互いにボイス台本を書きまくる合宿をします。これは命令です。ボイス合宿をすると、言いなさい」
 そんなめちゃくちゃな内容のメッセージが私用のスマホに届いたのは深夜過ぎだった。だから送り主、月ノ美兎は酒か何かに酔っていて、支離滅裂な戯言を吐いているのだと思い、既読をつけてスルーした。
 ところが翌朝、昼になっても少し丁寧な口調に直しただけの同じ内容のメッセージが届いた。しまいには通話まで要求してきて、現在だ。
「もしもし? ボイス合宿をすると、言いなさい」
 家に帰ってきてすぐに無料通話がかかってきたからあわてて自室に入った。
 流行りの漫画のネタを擦り続ける先輩にかける言葉も見つからない。どうしちゃったんだ、この人。
「何です? 急に」
 訝しんで答える。
「ほら、わたくし達ってボイスを最初にちょろっと出したっきりで、その後めっきりじゃないですか」
「いちおう、毎回参加するよって手は挙げるんですけどね、僕の場合」
「でも、あれでしょう。台本が間に合わないんでしょう」
「そうなんです。誰かに書いてもらうんじゃなくて、どうしても自分でやりたいんです。それは譲れなくて」
「わたくしも同じ気持ちです。そこで、合宿ですよ!」
 そういうやり取りがあって、今の僕は日本の外れと言ったら申し訳ないが、聞いたことがない田舎町へ来ている。冬の寒さが身に堪える、風の冷たい町だ。宿泊するのは町に一軒しかないという民宿で、名前を「出越旅館」という。出す、越え……こえ……声……ボイス。
「無理があるよなあ……」
 部屋に入っても、未だに思わず声に出てしまう。なんだよこれは。
「何か言いました?」
「まさか駄洒落という一点だけでヒットした民宿にするなんて……。とか、そういうマジでどうでもいいことの前に!」
「なんですか、剣ちゃん。言いたいことが、あるんだよ! ですか? 大『声』『出』して。そういう意味でこの旅館選んだんじゃないんだから、今日は真剣にやるの、いい? 静かにね!」
 あのさあ。
「合宿って言うからみんなも来るのかなと思ったらマジで委員長のプライベートで誘ってる案件で、しかも一対一だし! さらになんで一緒に八畳くらいのワンルームなんですか!? 到着するまで行先のこととかいくら訊いたって僕に何の情報も与えてくれないし、ただ一言『一週間以上宿泊できるセットを持って東京駅集合ね』ですよ、ひどくないですか!」
「でも剣持さん、来てくれたじゃないですか」
 そう言って委員長は少し笑顔を見せた。そう。今までは表情が固くて、作り物みたいな顔をしていた。それがほどけて少し安心してしまう。
 「来てくれた」って、それは、あんたが心配だからに決まっている。どう考えても今の委員長はおかしい。表向きは無理矢理誘われて着いてきたことにしているけれど、本当はこの狂った月ノ美兎の様子を確かめるために来てる。そうじゃないと、本当にどこか遠くへ行ってしまいそうで、不安定で、不確定で、まばたきをしたら消えてしまうんじゃないかと思うくらいで。ああもう、僕はなんてことを考えているんだ?
 でも結局、マネージャーとかでろーんさんとかには言えなかった。なんでかは自分でもよく分からない。万が一のために、言ったほうがいいはずなんだけど。僕らがここにいるのを他の人に教えるというのは、委員長と僕との間にあるふわふわした何かに水をぶちまけてしぼませてしまうような、そんな行為だと思った。いまいち理屈の通らない行動をしてしまう。委員長の前では最初からいつもそんな自分がいたように思う。
「で、ボイス合宿って何するんですか」
 部屋の窓から閑散とした田舎町を眺めてみる。中学生がおそろいの白いヘルメットをかぶって自転車に乗り集団で下校している。少し暗くなってきた。
「次のボイスの台本作りをうまくやるために、架空の設定の台本を何本も書き続ける特訓をします」
 急に東京からやってきた僕らを無邪気に歓迎してくれた民宿のおばあちゃんにもらったみかんを食べながら、委員長は言った。なるほど、そうやって剥く派ね。僕は違うけど。
 確かに一定の効果が見込める特訓だとは思う。何のジャンルでも、結局は練習量がモノを言うのだから。
「それは、自分の台本を書くんですよね」
「そうです。でも、お互いに交換して、例えばわたくしが剣持さんのボイスを書くというのも客観視という意味で良い訓練になると思います。だから自分のと相手の、二対一くらいでいきましょう」
 それは良さそうだ。委員長から見た僕、というのに興味があるし、僕から見た委員長を伝えるというのも良い。もう少しで僕らも三年目だ。お互いをより深く知る良い機会だろう。
「……はあ。分かりました。僕、パソコンの充電器持ってなくて借りることになると思うんですが、いいですか? たしか同じ線ですよね」
「同じですけど、わたくしも充電器持ってません」
 唖然。まあこういうこともあるか。
「じゃあ、充電が切れたら帰るということで……」
「何を言っているんですか? デジタルネイティブの剣ちゃん。文字は紙に書くことだってできますよ。この町にはすぐそこのシャッター街に文房具屋さんがあります。そこでノート買ったげるからね~。勉強する分のお金はお母さん出すっていつも言ってるでしょ!」
 ……狂っている。母親面が鼻に着くのはいつもの配信通り。てか、本当に一週間くらいやるつもりなんだ、この人は。ますます心配になってきた。
 それから僕たちはほどなくしてボイスの台本作りに励んだ。やっぱり、すぐに「書く」態勢に入るというのは難しくて、なかなか進まなかった。委員長はやけにキータッチの音が早かったけど(そういえばタイピングめちゃくちゃ速い人だった)それでも「何も生み出せない……」とだけ一言つぶやいてノートパソコンを閉じるのだった。
 すぐに夜が来て、夕食の時間になった。おばあちゃんが作ってくれた郷土料理をいただく。味付けが少ししょっぱいが、いける。疲れた脳に温かい汁ものがしみる。
「剣ちゃん本当においしそーに食べるのねえ。お母さんね、連れてきた甲斐があったわぁ」
「そこは、自分で作ったテイにしないんだ」
「だって初めて食べましたよこの汁。美味しかったです。名前忘れちゃったからまた明日おばあちゃんに訊こう」
 お風呂は時間差で入って、布団は頭の向きが互い違いになるように敷いた。電気を消して暗くなった部屋。足元から委員長の声がする。
「剣持さんって、相手に合わせる能力高くないですか? 純情性だっけ?」
「順応性のことですか」
「それ。わたくしの用事に付き合ってもらって、ありがとうね」
 なんだ急に、まとも(?)になって。
「ありがとうって、そりゃあんたが誘ったんでしょう」
 数秒の沈黙が流れた。部屋が微妙に明るくなった。相手のスマホの光だろう。
「私じゃなくて、おもしろ人間の月ノ美兎が、誘ったんだよ」
 じゃあ、その理屈でいったら。
「あの剣持刀也が、それを断るわけないでしょう」
 それっきり、その夜の会話はなかった。まぶたを閉じる前にうすぼんやりと光がまだ見えたので、彼女はしばらくスマホをいじっていたのだと思う。
 その次の日から、僕たちは集中して書きつづけた。
 書くのにはコツがある。要は、この合宿では量をこなせばいいわけで、浮かんだアイデアを否定せず、なんでもとりあえず書いてみれば良い。そう考えれば話は早かった。そして、パソコンが落ちるのも早かった。小学生が下校するくらいの時間。二人のパソコンは真っ暗な闇の中に今日の成果をたたえ、沈んだ。
「文房具屋さん行きましょう、剣持さん」
「そうですね」
「小学校の前にあるんですよ」
「それは便利ですね」
 委員長は「はて?」と言った顔をして、納得のいったような表情に変わった。
 文房具屋さんには小学生の女の子が何人かいた。寄り道をしない、お金を学校に持ってこない、などの理由から、家に帰った後に来たのだろう。
「ふふっ……」
 委員長が僕の方を見て苦笑していた。理由を聞いても、にやにやされるだけで。何がおかしいんだ?
 ノートよりもルーズリーフの方が使い勝手が良さそうなのでいつも使っているものを選んだ。代金は本当に委員長が全部払ってくれた。これを受け入れていいのか、僕。あとで小銭を渡したら、頭が混乱したようになっていて、少し変だった。
 紙に書くのはバックスペースキーが使えないというのもあって妙な心地だった。昔の文豪はやっぱりすごいなと月並みなことを思ったりした。
「今日、紙にしてからどこまで書けました? 剣持さん」
「僕の台本だけなら、五本ですかね。委員長のはまだ一本です」
「は~。わたくしまだ自分のだけで三つかなぁ」
「凝り症ですか」
「なんか色んなネタ入れたくなっちゃう……というのもあるけど、純粋に、ペースがヤバいね。のろいんですよ」
 委員長はそう言って伸びをした。
「委員長のペースで頑張ってくださいね。あのね僕は、委員長から見た僕を早く知りたいんですよ。それが分かればこの活動は大成功だとさえ思ってます」
「やな表情」
 たぶんにやけていたはずだ。気味の悪い後輩だと思ってくれればそれだけ居心地が良い気がした。
「ありがとう。ねえ、剣持さん、そろそろ聞かないんですか。わたくしがなんでこんなんなっちゃってるか」
 そんなの、最初から気になってはいるけど……。
「それじゃあ勝手に話し出しますよ。ギャルゲヒロインみたいに」
「かまいませんけど」
「まず、こんなにリスクの高い行動をとっている理由をお話しします」
「田舎の民宿に月ノ美兎と剣持刀也が二人きりってことですね」
「そうです。それは、剣持刀也が一番、わたくしの知ってる中で頭の回る仲良しだっていうのが理由です」
 褒められた。嬉しい。
「でもそれは、僕が選ばれた理由であって、ここに来た理由ではありませんよね」
 月ノ美兎は書きかけのルーズリーフを床に置いて、まっさらな一枚を机に敷いた。それにぐるぐるとペンを走らせて、巨大な渦巻きを描いていく。
「わたくし月ノ美兎、嫌なことがあったんです。ある日、急にわたくしが体調不良になってしまい、わたくし抜きで後輩のライバーさんたちが配信を盛り上げてくれた時がありました。わたくしが司会をするとか、そういうのじゃなくて、わたくしはゲストの一人という立場だったんですけどね。……それ自体、素晴らしくて、喜ぶべきことなんですけど、わたくしは不安になりました。わたくしがいなくても成立する世界を目の当たりにして、いや、今までもそういうシーンは何度だってあったのに、その日は、というか最近なんだか全部ダメダメで。それで、めちゃくちゃになってしまって。これはおかしい、気分転換にどこか旅行にでも行こうと思ったんです。観光地とかじゃない、どこか遠くの、知らない場所へ」
 そう言い終えて、委員長は僕がたった今注いだほうじ茶を口に含んだ。ほどなくして、次の言葉が続いた。
「でもね、普通そんなこと親友や同僚に話したら、心配してしまうんです。心配して、くれる、が正しいですけどね。そんなこと思うなんて、『重症』じゃないですか。家でじっとしてろって言うに決まってます。でも、わたくしはそれではきっと治らないって分かっていました。海外旅行に行ってやろうと思ったけど、それは流石に言語とか怖くて無理で、前哨戦として、まず日本地図の上にテキトーにピンを刺して、これは比喩ですけどね、行くやつ、やろうと思ったんです。それで共犯者として、頭が良くて、こういうのに動じなくて、わたくしと同じくらい狂っている人を思い浮かべたのが……剣持刀也、ただ一人でした。ここでわたくしがあなたに弱々しく頼っている姿を思い浮かべられては困ります。わたくしは、剣持刀也ならこの二人きりの逃避行をどうにかしてくれる、いや、やってみせろよ、と思ったんです。完全に挑発です。それにあんたは上手く乗ってくれました」
 正直、リスクなんて限りなく低い行動だとは思っていた。だから電話のときに止めなかった。もしこれが何らかの形でバレても、事務所の利害もあるだろうから「マネージャーが同伴していた」などと嘘をつけばみんなにとって都合いい。万事解決。真実がどうであれ、リスナーを騙し切ることができればこっちのもの。騙すという言い方は良くないな。演じる、とでも言い換えよう。僕らについたコアなファンの生態は恐らくこういう対処で鎮火されるようなものだと踏んでいる。
「ほう、成程」
 僕はそう感慨深げに言った。僕は頬杖をついて小柄な彼女を見下ろすような表情をした。
「寂しくなりますし、やめないでほしいです。『僕』は。でも『俺』は今すぐにでもやめるべきだと思いますよ。そんな状態のあんたが道化になって人を笑わせられるはずがない。強い言葉を使いますよ。そういうの面白くないんです。つらくてしんどい自分を切り売りする芸風はいずれガタがくる、そんなこと、分かってるでしょう?」
 俺がそう言うと、彼女は笑った。文房具屋で僕に向けた顔をしていた。やっぱり、とでも言うような。
「ははっ、続けてください?」
「ねえ、これは俺からの提案ですけど。今からVtuberやめて、うまいことお金使って、このまま世界旅行してやりませんか。僕もその間はVやめます。僕のところのリスナーはこういう時に優しくて助かるんです。いいでしょう。もう3年近く、手塩にかけて育てましたからね、ふふっ。後悔? ないですよ。いつだって、どこへだって着いていきますから、行きたいところ教えて下さいね。委員長ではない貴女をなんとお呼びすればよろしゅうございますか?」
 月ノ美兎の調子がおかしくなってしまった根本的な原因は、「わたくし」と「わたし(仮)」が癒着してしまっていることにある。そもそも、Vとはキャラクター人格と本来の人格が分かれて成立しているものだ。それが彼女の場合、初期段階で滲み出る「わたし」の残像が「わたくし」に覆いかぶさるような形で活動し続けてしまい、次第に二つは一つとなってしまったのである。配信者「わたくし」の不在は、一般女性「わたし」の不在ではない。はずなのに、一つとなってしまった彼女は、あの日以来心に深い裂傷を負った。
 それを治す方法は、「わたし」が心の中で占める範囲をもっと広くすること以外ないと剣持刀也は思った。剣持刀也は配信者「剣持刀也(僕)」と一般人「剣持刀也(俺)」の分離が比較的できているほうだ。その最たる例が、文房具屋での一コマ。配信者の彼であれば、女子小学生に対し何かしらの露骨な反応をしないと、「ロリコンキャラ」としてのメンツが保たれない。しかし、文房具屋にいた彼は配信者としての顔を消していたため、特に何も反応しなかったのである。月ノ美兎が笑ったのは、恐らく彼女の脳内で目の前にいる「剣持刀也(俺)」を「剣ちゃん」と捉えており、なぜいつものようにロリコンムーブをしないのか、とおかしくなっていたのだと思う。
 つまり、このように、彼女の「わたし」をもう一度引き出すことができれば、再び月ノ美兎は健康的に活動を続けることが可能だ。そのためには、気分を転換させる必要がある。そのための、世界旅行。
「委員長ではない、わたくし……いや、わたし?」
「貴女、俺とは初めてお会いしたんじゃないですか? そんなことないのかな? わかんねーや」
「わたし……そう、わたしって言ってたんだよ! わたし、いつから実生活でも一人のときとかライバーさんいるときとか『わたくし』じゃないとだめだって思ってたんだろう! ねえ、世界旅行ってどこに行くの? わたし、世界史の教科書取っておいてるからさ、テキトーにページ開いてその場所に行こうよ! 剣持さんならどこでも楽勝っしょ」
「さすがに英語圏以外はなかなか厳しいよ!」
 この瞬間から、彼女は月ノ美兎ではなくなった。剣持刀也個人としては、無理に配信者の世界に戻らなくても、こうして個人として会って遊んだりできる友達で居続けられればそれだけで満足だったりするのだが。落ち着いたらまた、考え直せばいい。それだけの話だ。
 そして僕たちはボイスの台本を気が済むまで書いて、読んで、演じてみたりして、ふざけて、笑った。
 明日ここの民宿を出ることに決めた。行先はとりあえず東京で。家に帰ってパスポートを探さなくてはならないだろうから。
「YouTube映るかな、このテレビ。お、いけそう」
 最終日の夕食の時、彼女が備え付けのテレビに初めて触れた。
「ああ、ボイス合宿に来てから一度もつけてないですよね」
「あれ見よう、あれ、週三更新だからいっぱいたまってるよ!」
「んふふ、あーわかった。はいはい」
「何がある、何がある」
「障子の向こうに」
『何が、ある~』
(終)

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