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suidosuiの小説まとめです (NSFWはここにありません)

パストゥールの背信

全寮制神学校の生徒会長であり聖職者の剣持は密かに異国の神を信仰していた。
ある時、彼は信仰者の不自然な減少を悟る……。
事前にツイッターでアンケートをとって、票の多かった順に書く個人的な取り組みです。
今回は「咎人セクト時空」でした。
にじさんじセクトに伏見ガクが介入していたら……というパラレルです。
挨拶程度の接触表現があります。

バーチャルYouTuber にじさんじ
にじさんじセクト
剣持刀也 伏見ガク 鈴谷アキ 森中花咲

 とある国の首都から少し離れた山奥にあるのが、この全寮制神学校である。小さな街のはずれに位置しており、そこで最も目立つ建物は、街のどこからでも見える大聖堂だ。ここを、青の聖堂と街の人は呼ぶ。
 朝の礼拝の時間。陽が建物の片側から差し込み、聖堂の中を優しく照らす。初等部と中等部生徒による朝の合唱は、凛とした声色で神への祈りをまっすぐに届け、ステンドグラスを震わせる。揃いの制服を身にまとった彼らは、代々、この国でも髄一の裕福で恵まれた家系の出身であることが多い。穢れを知らぬ無垢な眼差しが、眠気をひた隠しにしている高等部生徒会長の清廉な指揮を見つめる。
 高等部生徒会長、剣持刀也は未だ十六歳の大学入試準備級ながらにしてその役職を受け持っている。理由は明白で、一つ、剣持の一つ上の学年は最終学年。大学入試を控えているため、生徒会長という激務は任せられないのである。そして一つ、剣持刀也は成績優秀で、信仰も篤い。彼は高等部に上がるその年に東国から単身で引っ越してきたのだが、語学力に全くの問題はなく、信心深く、神を愛していた。そして、聡明で優しく気さくで明るい。彼が生徒会長になった経緯が伝統的な立候補制ではなく、全校生徒と教員と高位聖職者からの推薦によるものだったくらい、皆から信頼され、愛されていた。
 しかしながら、生徒会長は激務である。ただでさえほとんどの高等部生は聖職への進路が約束されるということもあって見習い聖職者のような神職を少々任せられるというのに、生徒会長ともなると一般の聖職者と同じくらいの量の仕事を任せられる。朝の礼拝で指揮をするのもその一つ。もっとも彼は子供好きで、年下と関わるのには全く抵抗感がないのだが……。
 朝の礼拝が終わると、それぞれの授業が始まる。とは言っても、生徒会長は例外だ。高等部の時間割で自習と書かれたコマには、剣持刀也の場合「仕事」の刻印が押されてしまう。初等部や中等部の授業の補助をするのだ。通う生徒はほとんどが親の財力でここに入学しているから、入試組と比較して学力には差がある。そのための、補助だ。最も、彼は喜んでこの「仕事」を受け持っているのだが……。
 放課後になると、自由時間として神学校の敷地内でのみ遊戯が許可される。ボール遊びは禁じられているので、制服のタイを腰につけて奪って遊ぶ鬼ごっこに夢中になる子たちもいる。中庭で栽培されている薬草を学ぶために自主的にクラブを組んでいる子もいる。図書館で大学入試のために勉強しようとして、うっかり居眠りをしてしまう生徒もいる。
 そんな彼らを横目で見ながら、剣持刀也は制服の上からローブを羽織り、聖堂の一番湿っている薄暗い場所へと足を踏み入れた。ここは懺悔室。街に住む人々の悩みや訴えを傾聴し、神の言葉を伝えるのが業務の内容だ。昔と違って、今はささいなことで懺悔する人々も増えてきた。人手不足のところを生徒会長は任されたのである。
(今の時代に懺悔なんて、要はカウンセリングでしょう)
 剣持はそう心の中で思ってしまう。
(ああっ、神様。お許し下さい。今、わたくしはなんてことを……なんてね)
 不信心なことを考えながら重たいローブを着て柱廊を歩き、剣持用に割り当てられた個室へと入る。懺悔する相手の顔は見えないが、それ以外のことに注意すればだいたい誰なのかの検討はついてしまう。
 流れはたいていの場合こう。悩みを聞く。具体的に掘り下げる。話の中で合理的でないところをそれとなく指摘する。相手は自分が悩んでいたことの正体に気付く。すっきりして、おしまい。専門的な知識が必要になってきたら、専門家への連絡方法をカードに書いて渡し、ああ、神に感謝します。おしまい。
(本当は街の人だって、神の言葉を求めてここに来ているんじゃない)
 何人かの懺悔を事務作業のように対処した後、いつものようにそう思った。
(話し相手が欲しいんだろう。僕がその役割を果たせていれば、それでじゅうぶん、いやかなり、いいことですけど。昼間の「仕事」と比べると、こう、なんというか……)
 いくら彼が聡明だからといって、大人の悩みというのは十六歳にはまだ重たく感じてしまう。これを皆が夕食を食べ終わる時間まで続けるのは、だるく感じてしまう。
 剣持は首から下げたクロスを優しく握った。それは学校から与えられたものとは少し異なる素材でできていて、夕日の色に輝く宝石が中心に埋め込まれていた。小さなころから身に着けていたものだから、と言えば、学長も難なく指定のものと交換する許可を出した。
(僕の、神様)
 剣持の目もとは少しの間、柔らかくゆるんだ。そしてまた、生徒会長の顔に戻り、あと少しで業務時間が終わることを確認して書棚から帳簿を手に取った。
(今日来たのは、僕の所だけでも三人、ですか)
 明らかに以前と比べて減っている。それは街の幸福度が上がったとかいう単純な話ではないということくらい、彼には見当がついていた。
 帳簿に必要事項を記入し、机の引き出しにしまった。
(何かが起きている。僕は動き出さなくてはならない)
 考えていることが誰にも悟られないように、彼は心の中で「計画」を練った。それは常人なら書き出さないと手に負えないほどの、壮大な計画だった。業務時間が過ぎても、そこは個室として利用してもよいことになっていたので、彼はずっとそこにいた。
 胸元のクロスを握る。
(僕の神様。祈るための言葉を持たせてくれない神様。小難しい言い回しはお嫌いですか。ねえ、また会いたいです。いつ来てくれるんですか)
 懺悔室の小窓から差し込む月明かりがちょうど、雲に隠れた瞬間だった。剣持のまつ毛に微小の夜露が付着し、視界がぼやけ、瞬きをした、瞬間。
「刀也さん! 久しぶりだな」
 仕事机の上であぐらをかいて浮かび剣持に二本指を立てて笑う、その姿は。
「あなたが、こんな早く来て下さるなんて」
 東国の神、伏見ガク。幽体となって彼は現れた。東国の赤い服を身にまとい、無数の宝飾品で飾られている。
「ちょっと暇なんでねぇ、言われてたしそろそろ行こうかなと思ってたら、呼ばれたもんで」
「僕の、神様」
 剣持は半分冗談で、でも半分は本気で陶酔した。
「しーっ! 罰当たりめっ! そんなこと言ったらここの神様に怒られるだろっ」
 二人は笑った。そして、部屋を出ることにした。
 懺悔室を出て、誰もいない柱廊を歩く。今は他の聖職者たちが夕食をとっている頃だろうし、立ち会ってしまうことはないだろう。それに、見回りも今日はこのコースを通らない。全て計算済みの行動だ。
 二人の会話はさっきの続きから。
「……べ、別に、いいんですよ、あなたのことを想ったって。だって『仕事』の時間は終わりですから。……ねぇ、お狐の神様? 聖職者だってこの国では職業のひとつにすぎません。だって今、ほら、昔の数え方だと『西暦』4500年くらい、でしょう? あなた、時代感覚が昔のまーんま。これだから山にこもりがちなお狐様は困ります」
 照れているような、浮かれているような、そんな調子で剣持は伏見に語り掛ける。
「な、前みたいに呼んでくれよ」
 にやりと笑って伏見はそう言った。
「もう……。しょうがないな。……ガクくん。でしたよね」
「とぉ〜やさん! そうそう、懐かしい! なあ、もう一個お願いあるんだけども!」
 美麗な顔立ちから無邪気な子供のようにぱっと変化するのが愉快だ。剣持も心がゆるむ。
「なんです? わざわざ来ていただいたくらいですから何でも応えたいところですが……」
「この国の流儀で挨拶をもう一度頼むぜ?」
 剣持は顔を赤くした。
「えっ、あれは、東国の方にするのは恥ずかしいのですが……」
「頼む! 刀也さん! ちょっとだけでいいから! 幽体だし!」
「しょ、しょうがないですね。まったく、わがままな神様」
 二人は見つめあう態勢になった。そして、顔を近づける。頬と頬が、軽く触れる。もっとも幽体なのだから、ひんやりした地下室の空気を浴びた程度の感覚があるだけだ。左右に、合わせて四回触れて、二人はまた元のように戻った。
「昼間はこの教会堂の神に仕える聖職者。夜は異教の神に口づけするなんて、背徳的だと思わないか? 背信者くん」
「ガクくん、貴方がやれと言ったんでしょう? それに口は付けていませんよ。頬を合わせるだけ、ですから! この国の挨拶はどれも妙に接触を好むのですから困ります」
「もっと接触するのもあるもんなぁ」
「予習してきましたね、あなた」
 ふん、と目を細めて笑われるのが悔しくて、剣持は言葉を並べ立てた。
「もし仮に今の行為に背徳を感じるのならば、それは本気でここの『神』を信じている場合、の話です。何度も言うように、今は価値観の高度に発達した『現代』です。こんな劣悪な職場、かわいい子供たちと触れ合えるのを抜きにしたらやってられないですよ。僕は入学当初からここの『神』を信じてなどいません。家の都合でここへ入学することが決まったときにはめまいがしましたよ。はぁ」
 すると伏見は目を光らせて言った。
「……じゃあ、今すぐ俺の国に戻って『神主』になるって道も考えてくれるか?」
 次の言葉まで、少し間を置いた。
「あらあら、僕が一方的に呼んだのかと思ってましたけど。へえ、引き抜きに来たんですね。成程、Uターン。それも神様じきじきに。ま、地元に戻るのも、魅力的ではありますが……。これを見てください」
 剣持は懐から帳簿を正確に写し取った「コピー」を取り出した。暇だからと「計画」のためにここから持ち出せない帳簿をすべて書き写していたのだ。
「懺悔室の訪問リストか? あいにくこの国の文字はオレに読めないが……」
「数字だけ、目で追って下さい。明らかにこの月に入ってから減っているでしょう? これは何らかの理由で信仰者が減っていると考えられます」
「悩みあってこその信仰。この月を境に悩みが減ったと解釈するには、いささか不自然な減少、と」
「ええ、本日執り行った朝の礼拝も空席が目立ちました。以前は主に高齢者の参加が目立っていた行事でしたのに、今はひとりふたりといった所です。理由は明確。僕らにとっての『対抗勢力』が現れたからでしょう。……聖職者たる僕は彼らのことを『悪魔』と呼びましょう。『神』に対して、彼らは『悪魔』としか言いようがない。もっともシラフの僕から見れば、ビジネスにおけるライバルに過ぎませんが」
「ま、つまり、刀也さんは忙しいんだな、これから。誘って悪かったな」
「いえいえ、とんでもないですよ。すぐにお分かりいただけて光栄に思います。上司や同僚も既に誰かしら気づいているでしょう。すぐ知らせてこの『計画』、プロジェクト……じゃない、えっと、『聖戦』を執り行いたいのです。この『仕事』をひとつ片づければ、すぐにでも貴方の社を元通りにできるのですが……」
 気配もなく、足音はしなかった。
「生徒会長、ではなく、刀也お兄ちゃん、と今の時間は呼んでもいいのでしたね?」
「あ、アキくん……それに」
「かたなさん、なんだか今日、かざ眠れないんだ……」
「花咲ちゃん! こんばんは、もう随分と遅くに尋ねてくるなんて、珍しいですね? もうとっくに消灯ではないですか。どうしました」
 ここは全寮制の学校である。寮にはそれぞれ寮長がおり、立候補制でそれは決められる。アキは中等部の、花咲は初等部の寮長だ。
 二人の声に気付いた瞬間、伏見は幽体の身体を透明化した。
「眠れないから、中庭で摘みたてのハーブティーが飲みたいな?」
「かざちゃん、それには同情しますが、そんなことしたら、寮長をえこひいきしていることになってしまいます。いけません、だめですよ。アキくんはどうしましたか?」
 二人とは生徒たちのリーダー同士として、長く付き合いがある。年の少し離れた友達のようなものである。
「ボクはかざちゃんの付き添いで来たんです。刀也お兄ちゃん、勤務時間はとっくに過ぎてるのに、まだやることがあるの?」
「あ、ああ、懺悔室のリストをね……整理整頓していたんです。あっちへ、こっちへ……って。あと、ちょっとした残業みたいなことをね」
 剣持の弱点、それがこの二人だった。仲がいいからこそなのかは知らないが、うっかり何かを見破られてしまいそうな、そんな危うさを感じる時がある。今がまさにそうだ。
「そうなんだ。残業は大変だよね。お疲れ様。あのね、お節介ならごめんなさい。実は相談したいことがあって」
「なんですか? アキくんの相談なら、何でも!」
 特に剣持からアキへの入れ込みようは学内でも噂になるほどの心酔っぷりだった。それにアキは微笑みでだけ返事をするのが常だ。
「ふふっ。あの、夕方、教会の周りの花壇の手入れを僕たち、薬草クラブがしていた時に気づいたんだけど、僕らの教会に来る人、減ってますよね? ああっ、失礼なことだったらごめんなさい。でも僕、礼拝の準備とか頑張ってたつもりだから、どうしても気になっちゃって……」
「夕方ですと、懺悔の時間帯ですよね。それだけ悩み事が減ったということです。大丈夫ですよ。この街が平和な証拠です。朝の礼拝での歌声、素敵でしたよ」
「そうでしょうか……。もういいよ。かざちゃん、最後の手段をお願い」
 アキと花咲の目つきが明らかに変化したのに剣持は気が付いたが、それに対処する術を持っていなかった。
「あのね、かたなさん、かざ『見える』って話、前にしたことなかった?」
 そういえば、花咲には「神に選ばれた子」として一介の村娘ながらにして神学校への進学を無償で許された過去があったような。剣持は古い記憶をたどった。
「本当のことを話してもいい? この場所、今かざとアキお兄ちゃんと刀也お兄ちゃんのほかに、もう一人、いるの、知ってるんだ。神様にこうしてお祈りすると、分かるの」
 そうして祈る仕草をする。それが剣持には恐ろしいものに思えた。
「ま、まさか、あはは! 勘違いではないでしょうか」
「「神の御前で戯言を吐くとは」」
 アキと花咲のその声に、剣持は屈するほかなかった。
(あれだけ神を愚弄できた僕がなぜ今こんなになってるんだ?)
 おかしい。まだ幼いはずの二人の声が、数百年以上の重みを帯びている。それに剣持は反発することが叶わない。
「……あなた達にはどうやら色々と筒抜けということですね。お狐様、出てこられますか」
 するといつの間にか剣持の隣に座していた伏見が姿を現した。
「こんばんは。オレは神だから、語学やってなくても言ってることなんとなく伝わると思うんだけども! ま、俺からの敵意がないこと、君たちには分かりきったことみたいなんだねぇ? 東国の神の一柱、伏見ガクと申しますっす」
「存じ上げております。刀也お兄ちゃんの真に信仰する神様のことくらい、ボクはとっくの昔に調査済みです。貴方に敵意はまったくありませんよ? まったく」
「かざとアキお兄ちゃんは、刀也お兄ちゃんがこっそり懺悔室でやってること、全部分かってたんだよ。その紙も必死で作った写しでしょう。黙っててごめんなさい」
 アキと花咲はにこりと笑って答えた。
「ねえ、貴方たちは一体……。か、神の子と言うわけですか」
「正確には違うよ。ただ、そうだな、運命の輪でボクたちは結びついているんだ。『神』を信じない刀也お兄ちゃんには理解し難い話かもしれないけれど」
「もう僕の正体は、神を信仰するふりをした、いわば背信者ということは、もう、分かっていたのですね……?」
 その声は微かに震えていて、それに気づいた伏見は彼の背中に手を置いた。
「知ってるのはボクとかざちゃんだけだから安心するといいよ。説明を続けるよ? 刀也お兄ちゃんの言うところの『悪魔』だけど、ボクの調べでは彼ら、三人なんだ。そしてボクらも三人でしょう。この六人が運命の輪」
「「運命の輪」」
 剣持と伏見が復唱する。
「紙の帯を一回ねじった状態でくっつけた輪っかを思い浮かべてみて。いくら歩み続けても、裏表、つまり勝敗は最初からなし。何らかの決着が付いたら元の位置へ戻る。六人は同じような対立を、二つの勢力に分かれ、何度も何度も繰り返してきたんだ。今回はボクと花咲ちゃんだけ『前世』の記憶があって、刀也お兄ちゃんだけないみたいだけど……。この三人『聖職者』で『悪魔』と戦うのが、この世の結末さ。どっちかが勝てば、とりあえずハッピーエンド。この世、つまり『物語』を終わらせる道はこれ以外ない。……なんて、ボクだけ話しすぎちゃってごめんね?」
 眉を下げてアキは笑った。言っていることの壮大さに反して繊細な仕草をするものだから、剣持は混乱しそうになる。
「いえいえアキくんは謝らないで下さい! その、内容はまあ理解できました。『聖戦』……つまり、ビジネスとして相手を打ち負かす戦術は自分なりに練っていて、このように、聖職者を集めてなんとかする予定だったのですが……」
 帳簿の写しをひらひらとはためかせる。
「その力ではとうてい、だろうね。国の高位聖職者に相談しても、何も武器を持たないかざちゃん一人分の力にさえならないだろうよ。『セクト』とは、そういうもの」
 「セクト」とは何か気にかかるが、それより。
「花咲ちゃん、アキくん、そういうことなら、どうか協力を、いえ、僕をその計画に参加させて頂けませんか?」
「ええ、ぜひお願いします」
「いいよー」
 それは新しい遊びに加えてもらったときのような気軽さだった。面食らってしまう。
「……ちなみにオレがここに呼ばれたのは刀也さんにこの国式の挨拶をしてもらうためじゃなくてな?」
「うん、ボクら全部知ってたよ」
「見てたもん」
「!」
 無言で只々恥ずかしくなってしまう剣持。
「この、刀也さんが儀式のときよく腰から下げている長い剣。分かっているとは思うが、単なる装飾品ではなくてな? これは東国のもので『カタナ』と言うんだが、これに妖力を込めるために俺が呼ばれたんだ。今晩やるつもりなんだな。これで、戦う時に刀也さんはより身軽に扱いやすくなるだろうし、それに……」
 剣持が言葉をつなぐ。
「『聖職者』と『悪魔』の戦いに『東国の狐の神』の力が加わったらすごいことになるでしょう、とまあ、自分なりに考えました。単純な二項対立を、僕は避けたいんです。『神』と『悪魔』の戦いなんてものは昔からの決まりごと。順当にいけばすぐ結着がつくものですが、相手が力をつけてきているということはつまり……昔ながらのそういう相手じゃなさそうですし、それに」
「刀也お兄ちゃんはどうあがいてもこの国の神を信仰できないから、でしょう?」
「アキくん、さすがです」
 この国の神の力を真に受け取ることができないというのは明らかにマイナス要素である。が、アキは気づいていた。剣持刀也なら、そうじゃなくても戦える要素があると。
 それは皆からの厚すぎると言っても良いほどの信頼。言い換えれば信仰を集めることができるということだ。何なら剣持は自分を神に仕立て上げることだってやりかねないし、きっとできるだろう。
 そして、伏見ガクとならそのような戦法がいかんなく発揮できる。伏見は剣持の真に信仰する神。真の「神」のいるはずの場所で「神に仕立て上げられた青年」が「異国の神」を信仰しているという、二重構造。これは、久しぶりに楽しく戦える。アキにはそう確信できた。
「分かりました。そういうことなら、伏見様、協力感謝します。というか、前世ではボクが纏め役だったけど今回は刀也お兄ちゃん主導で、いいかな。ここまで物語が進んできて、僕らに武器はなさそうだし」
「そうだね!」
「じゃあ、話の決着もついてスッキリしたよ。眠くなってきちゃったね。寝ようか。おやすみなさい、刀也お兄ちゃん」
「うん! おやすみなさい! 刀也お兄ちゃん!」


 柱廊に取り残された二人。張りつめた空気が一気にゆるみ、ため息をついてしまうほどだった。
「恐ろしいでしょう? あの二人は子どものようでいて、まるで何百年もの月日を見てきたかのような話し方をたまにするんです。まだ理解しきれていない部分も多いのですが、話を聞く限り、もしかして、ぼくら三人、生まれ変わりの類なんですかね。僕だけ記憶がないようですが……」
 もしかして、東国で輪廻転生と言ったようなこの仕組み、とっくの昔に伏見は気づいていたのだろうか。剣持は小さく疑った。
(でもきっと聞いたってはぐらかされるだろうし、運命の女神モイラ様しか結果は知りえないと考えるのが無難、か)
「いずれにせよ、『悪魔』との対決は、頑張ってくれよ? 俺の国にそんな概念ないからな。戦い方のアドバイスをしようがないのが申し訳ないけれども!」
「僕の『カタナ』を『妖刀』にしていただけるだけでも、十分すぎるくらいです」
「いやいや」
「……」
「……」
 沈黙が流れる。なんだかお互いの顔が見られない。
「……もう一度あの挨拶しましょうか?」
「も、もういいっす」
「ですよね。それがいいです、僕も。それで……」
「まだ一緒にいたいけど二人に会話が聞かれてるかも、ってことだろ? 刀也さんは今からどんなこと言うつもりなんだ?」
「このっ、煽らないで下さい……! でも、だって、久しぶりに会って、まだ全然お話できてないじゃないですか!」
「ふうん。確かにそうだな! そういえば、刀也さんはいつもどこで寝てるんだ?」
「えっ!? 半地下に個室がありますが、そこへ?」
 決して良い寝床とは言えないじめじめした半地下に連れていくのはなんだか忍びない。でも……。
「そこなら軽い結界も張れそうだし、遅くまでいても怪しまれないからな。そこで術を施そう」
「あっ、術! そうですね! それをやってもらうんでした」
「不肖、遊びに来たわけじゃないんすねぇ?」
「んん……!」
 カタナに施す術のことをすっかり忘れ、まだ話していたい、遊びたいと思ってしまっていた。恥ずかしさで顔が真っ赤になっているであろうことが、剣持は自分でもよく分かった。
「すーぐ終わるから! それからカードとかで好きなだけ遊ぼうぜ? 賭け事なら負けないからな?」
「んもー!! ずるっこなしですからね?」
「それに眠いようだったら、もう早めに休んでさ。夢の中でならいくら信仰してくれても構わないぜ、すぐ駆けつけるから」
 確かに伏見は神様だから、夢の中でなら誰にも覗かれずに会える。
 けど、せっかく会えたのを大事にしたかった。それを上手く言うことができなくて、剣持は伏見の顔を見ないように目をそらし続けた。
 右手にはこっそりとクロスを握りしめた。それが今できる精いっぱいの感情表現だった。

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