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suidosui_txt

suidosuiの小説まとめです (NSFWはここにありません)

今度の休みは渋谷に行こう

剣持と葛葉が渋谷に行く話です。カップリング要素はありません。
休みの日に二人楽しく遊んでるといいなとおもいます。

バーチャルYouTuber にじさんじ
剣持刀也 葛葉

「…………っうー……っす」
「フェードインしてくんな」
 時間つぶしに私用の連絡をチェックしていた手を止めて、刀也が低い声のするほうへ目を向けた。
「すいません、ふつーに遅れました」
 片手を顔の前に立てて平謝りする葛葉に、刀也は笑いながら答える。
「大して待ってないよ、大丈夫」
 ここはハチ公前広場で、休日ということもあり人で溢れていた。人ごみの中で最低でも十分は待たせてしまった。なのに相手は平然とした顔で責めるような言葉ひとつ吐かない。大人びた刀也らしいと葛葉は思った。
「……今日のもちさん『黒』っスね」
 服装が、と付け加える。普段は「オタクは黒!」といった調子でファッションに関しては開き直ることの多い刀也だが、今日は一対一で指摘されて少し恥ずかしそうだ。
 今日の服装は刀也が東京のほうへ遊びに出掛ける時の標準装備なのだろうか。前にもこの格好でいるのをどこかで見たことがある。
黒のスニーカーに黒のスキニー。ウインドブレーカーは黒地にところどころネオンカラーのアクセントが入っている。ここ渋谷を歩いていてもなんら違和感はないファッションだと服に関心のない葛葉は思うのだが、いかんせん、全てのアイテムが黒であるのが目を引く。少し面白くて弄ってしまう。
「ゆーてお前もたいがいだろ」
 刀也が頬を膨らませて言う。
 葛葉は黒のスキニーに白のスニーカー、黒の革ジャンに暗紫のセーター。こちらも細身の体躯によく似合う格好だ。刀也とは違って指輪やピアスなどのアクセサリーをたくさんつけている。
「スニーカーが白で、これが紫……だから俺はまだ黒くないね。髪も黒じゃないっスよ」
「仮に僕が黒百だとしたら葛葉は黒七十くらいじゃないか?」
「え、そんなに黒ばっかに見えんの?」
「うーん……ほんとはそんなでもないかも」
「んだよ」
 軽く二人で笑った。スクランブル交差点のほうへ歩き始める。
 信号を待っている間、刀也から話し始めた。
「まあ、あれですよ。どうせ今から行くところって暗いだろうし、お互いの格好とかよく分からないと思うんですよね」
「確かに。人の目気にするような場所じゃない」
「葛葉は行ったことあるんだっけ」
 信号が変わる。人の群れが葛葉と刀也を押しやる。
「あるといえばある。ないといえばない」
「なんだよ」
 お互いに黙ったまま道なりに進む。刀也が言うことには、目的地は坂道を登った先を曲がればすぐ、らしい。
 歩きながら、葛葉が口を開く。
「正直ないんスよね、こういうとこ行ったこと。そもそも俺、外でないし、みたいな」
「うん。そっか。葛葉ならすぐ慣れるだろうし楽しめると思うよ」
「うぃっす」
 駅前の交差点からだいぶ離れると、渋谷でも少々閑散とした路地を見つけられる。二人がたどり着いたのはそういう所だった。
 重い鉄の扉の前には屈強な黒人のガードマンがいて、彼は二人をみても全く表情を変えることなく中に通してくれた。
 二人はスマホのチケット画面を受付に見せたあと、エレベーターに乗り込んだ。地下二階のボタンを押す。エレベーターは古いらしく、少し動きが遅い。二人とも静けさが気まずくなるような間柄ではないのに、どこかお互いに緊張してしまう。
「もちさんは、こういうイベント来たことあるんですっけ」
 静寂を破ったのは葛葉だった。
「友達に連れられて、一回だけ。今日みたいなデイイベ、つまり日中開催のときにね。僕いちおう高校生だから」
 トップスの襟元をつまむ仕草をする刀也。刀也の体躯は葛葉と同じくらいの細身だが、身長は少し刀也のほうが小さくて、高校生らしいなと葛葉は思うのだった。
「そうなん……」
 スね、の発声が爆音の波に飲み込まれる。エレベーターの扉が開いた。音の洪水だ。
 刀也が葛葉を誘ったのは、クラブイベントだった。クラブイベントとはいっても、ダンスミュージックだけでなくアニソンやVTuberの楽曲もたまに流れる、いわばオタク向けの定期イベントである。刀也は以前から興味があったらしく、今回はなんとお互いの好きなHIPHOPアーティストもゲスト出演するということで、満を持して葛葉を誘ったのだという。
 トイレの前を通って防音のための透明なドアを開けると、大き目の会議室くらいのフロアがあった。
 真っ暗な中に蛍光色のレーザーとスクリーンに映るビジュアライザの光。現代的な設備ばかりだけど、どこか幻想的な雰囲気がする。
 現在流れているのは、葛葉の知らない曲だ。ボーカルがMADみたいにカットアップされていて、どこの国の曲なのか見当が付かない。どこかで酒の匂いがした気がした。
 曲に合わせて体を揺らしている客は全員葛葉の知らない人だ。足がすくんだ。刀也に着いていって、フロアのできるだけ後ろのほうに二人陣取る。曲へのノリかたも人それぞれなのが後ろからだとよく分かる。二人の近くにいる人はゆっくりと身体を揺らしている人が多い。酒の匂いの正体は手に持ったグラスだ。前のほうの客を見ると、頭を振りながら腕と足を痙攣したように揺らし、目を完全に閉じていた。思わず隣の刀也のほうを見ると、もう慣れているのか、フロアの客に合わせて肩を揺らしているのが見えた。
 一瞬の疎外感。大音量でノリのいい曲がずっと途切れることなく流れているのに、葛葉には孤独の音が聞こえた。
 刀也とは少し経ってから目が合った。にこりと微笑まれる。
「楽しんでます?」 刀也は爆音に負けないよう少し声を張って葛葉に問いかけた。顔を耳に寄せて話す。このような状況なのだから、特に拒否をする理由もない距離だとは思う。
 葛葉も同じようにして返事をする。
「……ま、まあ」
「あんまり普段ダンスミュージックは聞かないんですけど、ラップのトラックに音が似てる部分もあるので案外耳は慣れてるなって思いましたね。今の曲のベースの音とか特に」
 葛葉は音楽に集中した。今まで経験したことがないほどの大音量で鳴り響くベースの音。骨の内側、内臓という内臓を物理的に揉みしだかれているような感覚に襲われて、葛葉はぞくりとした。
「あー……確かにそうかも」
「ねー。このあとのゲスト楽しみだね」
 葛葉は音楽、ましてや作曲のことはあまり詳しいほうではないと思っているが、その後も聞いたことのある低音がフロアに響き渡ると、身体の内側のあたりが高揚していくのを感じた。数分もしないうちに、足で拍を刻み始めていた。
全身が音楽に包まれているような感覚。雰囲気も相まってのものだろう。これは生のクラブイベントじゃないと経験できないなと思った。
「のど乾いたからカウンター行ってるね」
 肩を叩かれてようやく刀也が隣で何か言っているのに気が付いた。声が耳元でかかるまで、恐らく数十分、葛葉は音の波に合わせ意識を遠くへ置いていたのである。いつのまにか周囲のことは一切気にならなくなっていた。
「俺もなんか飲むわ」
 隣の部屋にあるバーカウンターで刀也と葛葉はエナジードリンクをそれぞれ頼んだ。ソフトドリンクは他にもジュースやコーラなどがあったが、クラブという場の雰囲気に合わせ、これにしたのである。
 開缶すると小気味いい音が連続でして、たまらなくなりすぐに口をつけ喉奥へ流し込んだ。炭酸の刺激が爽やかで気持ちいい。
 二人は並んで壁にもたれた。
「今日誘ってくれてありがとうございます。すげー楽しくなってきた」
「ふふ、まだ始まったばっかだよ? でも気に入ってくれてよかった」
 刀也は眉を下げて笑った。
「その、さっき声かけてくれたの普通にありがたかったっす。正直緊張してたんで」
 完全にアウェイだと思っていたから、知っている音楽と関連付けるような視点が本当にありがたかった。クラブでのノリ方が分かったというか、そういう楽しみ方をしてもいいって分かったというか。そんな気がした。
「それはよかった」
「あと、すごくいいインプットになったっていうか。つーか本当はこれが目的なんスよね?」
「どういうこと?」
 刀也は呆気に取られたような顔をした。
「もちさん色んな事考えてるじゃないスか。いつも。だから今日ここで遊んでるのも、ライバーとしてのスキルアップ的なことを考えての、ことかなっていう」
 よりよい配信者として、つねに世の中の様々なエンタメに対する感度を高めるのは重要だ。葛葉も有料配信サービスを利用して人気のドラマに触れる機会を意識的に作ったりしている。
なかなか外に出ない葛葉にとって、クラブイベントのようなわざわざ足を運んで生で体験するエンタメはなかなか縁遠いものであった。それをみかねた刀也が先輩として手を差し伸べてくれたのではないかと思ったのだ。また、二人で休日を過ごしたエピソードはそのうち雑談配信で話すネタにもなるだろう。
「そんなさあ、」
 刀也が口を開く。エナジードリンクを一口だけ飲んで、続ける。スピーカーからは大音量で音楽が聞こえる。
「僕たちそんな、気をつかうみたいな……なんだその、営業みたいな、そういう関係じゃないよね?」
 目を細めて笑う刀也に気づかれないよう、ほんの一瞬、葛葉は息を飲んだ。
「純粋に、気の合う友達と休みの日にいっぱい遊べて僕は嬉しいんです」
 やられた。宣材写真にでもできそうな、百パーセント優等生の笑顔を向けられて、葛葉は一呼吸分の吐息をフッと吐きだし、口端を上げた。
「っぱ、もちさんだわ」
 聞こえないように口の中でそう呟いて、葛葉は赤くなった顔を隠すように一人でフロアへと戻っていった。
  (終)

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