1. 咎人とコーヒー
コラボの日、ガクくんが喫茶店に連れていってくれる。コーヒーにこだわってる店なのに苦いものが苦手な剣持に気を遣ってホットミルクを頼む。バレてんだよ、と言って剣持もコーヒーを頼もうとする。注文の時にマスターが学生さんが来てくれるのは嬉しい、ぜひこだわって仕入れた豆の風味をブラックで楽しんでほしいといい、剣持は意地を張ってブラックを頼む。ガクくんは本当に?と言うが聞かないので同じくブラック。ただ、二人分のケーキも追加で注文する。剣持がいいのに、という。甘いものと苦いものを一緒に食べるとおいしいから、とガクくんが言って、二人で食べて、剣持は世界一おいしいブラックコーヒーだと思う。
剣持の学校が早く終わって、伏見のバイトの予定も入っていない日。ゆるやかな午後の日差しの中で待ち合わせをする。今日は夜からコラボの予定があって、明日は土曜、休日だ。いつも通り泊っていくから丸一日遊べる。もっと遊べればいいのに、収録があったりするから今月はこの日くらいしか会えない。
先にいつもの待ち合わせ場所、いつもの駅の改札前に着いていた剣持に連絡がきた。「一緒に行きたい場所あるから、隣の○○駅に集まってもらえるか!?」こっちの駅の方がにぎやかで遊ぶところもたくさんあるのに、隣の○○駅には何かあるだろうか。住宅地のイメージしかない。でもガクくんのことだから、彼なりのプランがあるのだと思う。改札を抜けた。
〇〇駅から歩いて数分、住宅地の中にその喫茶店はあった。目立つ看板も駐車場もなく、小さな二階建ての建物の鉄の階段をガタンガタンと音を立てて上った先でひっそりと営業している。オシャレなパンケーキはおよそ出てこないであろう無骨な見た目である。
「『営業中。こだわりのコーヒーご用意しております』だって。入ろうぜ!」
「どこでこのお店見つけたの……?」
「雑誌に載ってたんだよね。雰囲気いいらしくて。デートスポットなんだって」
「で、デート……」
なんで僕を連れてくるんだよと思いつつ。
扉を開けるとカラン、と昔ながらの雰囲気のチャイムが鳴った。カウンター席とソファ席がある。ただ、ソファ席はもう全部埋まっていた。カウンターはちょっと敷居が高いかもしれない。緊張する。
「いらっしゃい、メニューはこれ、どうぞ」
高齢のマスターが愛想よく笑う。革張りのメニューは使い込まれているようだ。
2. 月ノ美兎とおすそわけ
とても声をたくさん出さなければならないボイスレッスンからの帰り、マンションのエレベーターにはスーツ姿の青年とゆったりとしたワンピースを着た女性が乗っていた。顔は知っている。ただ、青年はいつもとネクタイの色が違っていて、女性は買い物帰りのようだった。それ以上は何も知らない。月ノ美兎、東京生まれ集合住宅育ち。近所づきあいとは無縁な生活をしていた。とはいえ同じ建物で生活しているのだから、顔くらいは覚えてしまう。何も言葉を発することなく、ぼんやりと上の階数表示を眺めて自分の部屋の階で降りた。
帰ってきて、さっそくパソコンを起動する。今日は配信がない。しかし明日はある。準備をしたい。
配信のサムネイルのデザインにはこだわりがある。文字は右下に表示される再生時間の表示に被らないようにしたい。表情はデフォルメして分かりやすく。コラージュをするときは、わざと雑に作ったりするほうがいいこともある。背景は、意外とフリー素材でも通用する。なによりびっくりさせるようなアイデアが大切だ。
配信の画面構成にもこだわりがある。まず雑談の時は何の話をしているのか分かりやすいように話す内容のタイトルを上に表示させる。体験レポの話をするときは手書きイラストも出したいから、自分の姿をどこに置くか少し悩む。ゲーム配信のときはゲームの画面をできるだけ大きくしたいから、コメントは三行ずつしか見えなくなる。でもそれだと文字が一瞬で過ぎ去ってしまうため、少し遅れて表示されるもう一つのコメント欄を隣に配置させる。
そんなこんなで、一つの配信のための準備時間は配信者の中でもとても長いほうになってしまう。いつも長時間ゲーム配信をする同僚は、自分の首から上だけをゲームの邪魔にならない所に表示させるフォーマットを毎回使いまわしていたりする。雑談配信の話題はその場で考え、特に準備しないというスタイルの配信者もかなり多い。でも、月ノ美兎はこだわりたい。他のみんなの配信のやり方がとてもいいことは知っているけれど、自分のこのやり方がすごく気に入っているのだ。
「ん~!」
作業を始めてしばらく経ち、少しお腹が空いてきたところで大きく伸びをした。すると、ぱちん。部屋の明かりが消えてしまった。停電だ。データはバックアップを取っているからきっと大丈夫。
すぐにきた管理人からの連絡では、復旧まで最大で一晩かかるらしい。予備の電源にも障害があるようで、ものすごく謝っていた。できることはなんでもしたいだとか。少しかわいそうになるくらいだ。
それでも作業はしたい。ノートパソコンで作業していたおかげで外に行って電源を借りることもできる。食べ物はないけど、カフェとかファミレスに行けば解決するだろう。ちょうど夕飯時で混むかもしれないから、急いで荷物をまとめ、懐中電灯を使って服を着替えた。
スマホのライトをつけて歩く。エレベーターは止まっていた。階段を使って降りる。玄関ホールは小さなホテルのラウンジくらいの広さで、なぜかそこに小さな人だかりができていた。懐中電灯がいくつも置いてあるみたいで、ぼんやりと明るい。そこを凝視していると、老人が声をかけてきた。見たことのある顔だ。
「すみません、わたしたちここの住人なんですが、作った食べ物を分け合ってるんです。もしかして外に食べに行きますか?」
よく見るとエレベーターで一緒だった青年も、ワンピース姿の女性もいる。青年はスーツからTシャツに着替えているが、ワックスをつけた髪はそのままだ。他にも何人かいて、みんな人のよさそうな顔をしている。
「夕飯時だから、ちょうど俺はたくさん作り置きしてて。余っちゃうから知り合いの所に持っていこうと外出たんですけど、偶然ここでみなさんと会ったんです」
「わたしは料理するタイプでもないので、外食でもしようかなと思って降りてきたんですけどね。味見したら全部おいしかったの!」
「わたくしも、外で作業しようと思って部屋出たんですけど……」
好奇心が勝ってしまった。カレーのにおいがする。レッスンから何も口にしていないことに気づき、お腹が鳴った。勝ったのは好奇心じゃなくて食欲かもしれない。
「外行くのやめます! いただいてもいいですか」
「どうぞ! 余っちゃうからね」
最初に声をかけてくれた老人は大きなタッパーにコールスローサラダを作っていた。青年はカレー鍋とごはん。他にも、チンジャオロースや筑前煮、手作りの漬物、コンロで温められるからと冷凍チャーハン、トマトスープ、冷蔵庫とは関係のないはずの焼き菓子や貰い物のティーパックなど。せっかくの機会だからと、ここを訪れた住人同士で物々交換というか、おすそわけが始まっているようだ。プラスチックのパックや紙皿、紙コップに入れて分け合っている。正直、全部食べたい。でも手ぶらだし、両手に収まるくらいのほうがいいかもしれない。
「たぶん持ちきれないから、何かお盆みたいなのを持ってきた方がいいですよ」
「え!? そんな貰っていいんですか」
「たくさん食べてもらえた方が助かるんです」
「あ、ありがとうございます!」
結局、全部お盆におさまるだけ貰いまくってしまった。旅館の夕食みたいにたくさんの料理。懐中電灯の明かりの中で食べる。
「いただきます」
和洋中バラバラで、それでも確かな満足感。一人暮らしだとこんなに品目を作ることはそうそうない。どれから食べようかすごくわくわくした。既製品の万人に愛される計算された味とは違い、作り手の好みが反映されている味だ。カレーはいつも食べているものよりだいぶ甘かった。コールスローサラダはちょっとすっぱい。漬物はしょっぱい。でもその一つ一つの味がとても嬉しかった。部屋に戻ろうとしたとき、何かお返しをしなくてはいけないのかとお金を渡そうとしたら、みんなに笑われた。違う方法でお返しをしたい。
電気はおすそわけの食事を食べ終えた頃に復活した。予備電源が先に直ったらしい。作業は無事終わり、同僚の配信を見て眠りについた。そして翌朝には電気系統が全て元に戻った。
朝ごはんを買いにエレベーターに乗った。すると、誰かが乗ってきた。顔は見たことがある。ただ確か、おすそわけの会にいたような、いなかったような……。分からなかった。
目が合った。口が自然と開く。
「おはようございます」
その人は一瞬目を開き、微笑んだ。
3. エリー・コニファーと文野環のタコ焼き
エリー・コニファーはいつも着ているメイド服から普段着の刺繍が入ったワンピースに着替え、とある街の商店街を歩いていた。何日か前に先輩ライバーの文野環から遊びの誘いが来て、ちょうど今日が空いていたので環の家に行くことになった。環は最近引っ越したらしく、たくさん友達に来てほしいのだという。
最寄駅まで着いたと妖精通信で連絡したら、お使いを頼まれた。「タコ」を魚屋で買ってきてほしいという。お屋敷ではあまり馴染みのない食材だ。見た目を検索しても、本当に食べられるものなのか分からない。まるでモンスターだ。先輩の笹木咲さんはメンダコが好きと言っていた気がするが、あれも食べ物なのだろうか。バーチャル日本の食文化は興味深い。
魚屋に行って、エリーはびっくりした。切り身ではない魚が氷の上に寝転がっている。メイドはメイドでも、料理を作るわけではなく、給仕や紅茶の管理を行うことが多いエリーは日本の魚屋をあまり見たことがなかった。だから、どれが「タコ」なのかも分からなかった。
「すみませーん!」
お店のおじさまに声をかける。
「あら、どうした? お嬢ちゃん」
「あの、ここに『タコ』はありますでしょうかっ……!?」
おじさまは髭面を撫でた。
「今年はあまり捕れなくて、それにここいらじゃ高いからうちでは扱ってないんだよ。スーパーでも見かけないね。刺身かい? 茹でるのかい?」
「お使いで来たものでして、調理方法は分からないのです……」
「ああ、それじゃ代わりに他の魚ってわけにもいかないね。ごめんね。また来てね」
エリーは軽くお辞儀をして、その場を去った。
文野環には、『タコ』が魚屋になかったことを妖精通信で伝えた。すると、代わりのものを頼まれた。『麦チョコレート』、『クマの形のグミ』。いったい何を作ろうとしているのか。エリーは質問したが、はぐらかされてしまった。
駄菓子屋があったのでそこで頼まれたお菓子を揃えた。エリーはどちらのお菓子も手に取るのは初めてだった。『タコ』よりは可愛らしい見た目だと思った。
文野環の家に行くと、エントランスホールで彼女が手を振って待っていた。
「買ってきてくれてありがとう! 今日はエリー・コニファーちゃんと遊べて嬉しい!」
「私もとても嬉しく思っていますっ……! 他の皆さんはもういらっしゃるのでしょうか?」
「ああ、えっと、いないんだよね。二人だけなん……だよね」
「そうなのですね! では二人で楽しく過ごしましょう!」
「エリーちゃん……」
部屋の中は段ボールだらけだった。四方が引っ越しの段ボールで囲われていて、真ん中にテーブルが置かれている。そしてそのテーブルの上には見慣れない機械があった。
「お邪魔いたします♪」
「綺麗な部屋でしょ? 座っていいよ」
「失礼いたします♪」
機械は鉄板をいくつもの半円形にへこませたような表面をしていて、側面には温度調節のためのつまみがあった。
「これは……何かを温める装置でしょうか?」
「知らないの? フフン、たこ焼き器だよ。YouTuberの動画見て欲しくなっちゃって買ったんだ! たこ焼きはこれがないと作れないんだよね、知ってた?」
「『たこ焼き』……?」
エリーは検索結果に出てきたモンスターに焦げ目がついているところをイメージした。
「一緒に動画見ようよ、きっと食べたくなるよ!」
「そうですね、お願いします!」
それから人気YouTuberがたこ焼きパーティーをしている20分以上の動画を二人は鑑賞した。エリーの知らない人達だったので、内輪ネタが出てくるたびに環が解説した。
小麦粉と卵、水、調味料で生地を作り、鉄板に流し入れる。焼けてきたら小さく切ったタコを投入し、天かすなどの具材を入れる。人気YouTuberは作り慣れているらしく、ピックでくるりくるりと丸く成形し、あっという間に皿に盛り付けられる。ソース、マヨネーズ、鰹節をかけて熱いうちに食べる。彼らの間では「や、熱いて!!」というのがお決まりらしい。
「やってみよう! もう生地はキッチンにあるんだよねー!」
「流石です! でも、あれれ? 『タコ』はどうするのですか?」
「ないのは仕方ないから、他のもの入れれば大丈夫だよ」
「へ?」
鉄板の上に生地が入る。量が少なかったのでたこ焼き器を傾けて調整。だんだん焼けるにおいがしてくる。
「なんだかお菓子みたいです」
「でしょー? 砂糖入れたんだよね」
「え!? いいのですか!?」
「文野環の裏ワザなんだよね、フフン」
そして買ってきた麦チョコとグミを一つか二つ、半円に入れていく。
「これでいいのですか!?」
「流行のスイーツたこ焼きなんだよ、いいと思わなーい?」
「流行なのですね! 勉強になります!!」
「いい気持ちだな。あ、そうだ。あれもいれよう」
環は冷蔵庫から賞味期限切れの納豆、そして使いかけのかき氷シロップ(ブルーハワイ)を取り出してきた。鉄板の上から乗せていく。甘ったるい異臭が漂い、環は固まった。
「い、いや、丸くすればかわいいしさ、おいしいと思わない!?」
たこ焼き器と一緒に買ったピックで生地をいじる。
「どうやるんだっけ」
動画を再生して、やり方を勉強してみる。ぐりぐり。半円の周りに方眼紙のような切れ目を入れて、区切られたエリアをくるりと返そうとする。しかし、生地はもうほとんど固まっていて、ほじくることしかできない。まったく丸くはならず、卵炒めのようなボロボロの青い食べ物が出来上がった。
「エリーさん、その、これは、違うの、えっと……」
「はじめまして、たこ焼きさん! いただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、あう……。はい……」
エリーは小皿に二人分取って、口を開けた。
「いただきまーす!」
「あう……」
青いボロボロのたこ焼きが口に入る。
「えー、『や、熱いて!』です! 不思議な味です! 甘いスイーツのような風味ですが、納豆さんの存在も確かに感じます! 今まで経験したことのない味わい……」
「エリーちゃん! まずいでしょ、無理しないで」
「いえいえ! 環先輩が作ってくれただけで、私はとっても嬉しいんですよ? 動画ではお食事用の味付けで、タコさんが入ってましたけど、これもなかなか楽しいです。たこ焼き器が家庭用に売られているということは、お店じゃ食べられない味も試せるということなので、素敵な使い方をしているなあと思うし、とってもスペシャルな体験です」
「……ありがとう。私も食べてみるね」
噛みしめるとぐにゃりとグミが潰れる食感がした。砂糖の固まりも入っていた。変な味。でも、目の前のエリーが笑っていたから、環は変だけどおいしい気もするなあと思ったのだった。
4. 春崎エアルと冷凍ご飯
退勤。深夜0時。ビルの明かりが背後で消えていく。この街の夜景を作っていたのは僕らだ。今はただ帰ることしか頭にない。
駅に着いて、慣れた手つきでパスケースを取り出し、発車時刻を一瞥してホームへ並ぶ。周りは飲み会帰りの若者でいっぱいだ。
揺れる電車の中でツイッターを開く。事務所の同僚はみんな配信をしているみたいだ。
公務と配信の両立は骨が折れる。しかも普通のアパートでの一人暮らしなのだから余計にやることが増える。これもまた、王族としての責任。ノブレスオブリージュだ。民の暮らしを分かっているからこそ、より良い振る舞いができるというもの。だが流石に公務の残業がこんな時間まで続くのは勘弁してほしいところでもある。
それでも配信はしたい。僕の名前でサーチすればたくさんのファンの声が見える。でももうこんな時間だし、ツイキャスでゆるい雑談をするくらいしかできないかもしれない。イヤホンをして、同僚の新着歌動画を再生する。こちらの業界には素敵な声の人がたくさんいると思う。自分の居場所はあるだろうか。目を閉じた。
うっかり居眠りをしてしまった。慌てて戻る。やけに風が冷たく感じられる。家に帰るのはもうだいぶ遅くなってしまう。ツイキャスも、なしにしよう。早く帰ってごはんを済ませて風呂に入って寝る。少し世間より遅れて眠りにつくとしても、朝はそんなに早くない公務だから大丈夫だ。それでも自然と足取りは速くなる。
ドアの鍵を閉めて、荷物を置きながらカーテンを閉め明かりをつけて、手を洗い冷蔵庫を開けた。目を見開いてしまう。
「なんもねーじゃん……」
野菜も肉も魚もない。卵も牛乳もない。うっかり買い物を忘れていた。レトルトももう切らしている。でもこれからコンビニに行くのはもう嫌だ。いっそ何も食べずに寝てしまおうか。
「さいあく」
はあ、とため息をつき、冷凍庫を開く。かろうじて、ちょっと前に冷凍しておいたごはんがいくらか残っていた。
「んー……?」
どうやって食べよう。頭が回らない。塩をかけたら塩おにぎりみたいになるだろうか。それはさすがに色々としょっぱいよ。
ツイートのネタにして気を紛らわそう。最近つぶやいてなかったからちょうどいい。
【今帰ったよ 今晩私がいただくのは、ちょっと前に冷凍しておいた白ごはんです 買い出し忘れてて何も食べるものがない おやすみ】
水を飲んで、熱いシャワーを浴びることにした。
シャワーを終えて着替え、そろそろお腹に何か入れることにした。電子レンジを簡単に操作して温めている間、手持ち無沙汰になってツイッターをまた開いた。
【ええ!? 今1時だよ! もっと栄養あるもの食べてくれ~】
【お湯注ぐだけの味噌汁とかつけて! ごはん食べれてえらい!】
【バター醤油ごはんのやりどきだと思う】
【RTで回ってきたけどあまりにも社畜すぎる……。転職して下さい】
【無理しないで! お茶漬けとかならサラッと食べられるかもしれん!】
【よく食べてるカレーとかはないのかな;;】
【フライパンでちょっと焼いて醤油かけるのおいしいよ】
【私も今からごはん!】
【お疲れ様! かつおぶしとネギかけて醤油かけたりしてもいいかも】
【今度美味いもの食べに行こう】
ファンと配信仲間からの返信が止まらない。あっけにとられてしまう。
「あ、はは、ふふっ……。なんだ、そっか」
電子レンジがいつの間にか止まっていた。熱々のごはんが入った冷凍容器の端を持つ。冷蔵庫の中を見ると、使いかけのバターはあった。醤油もある。
せっかくこれしかないのだから、バターを思いっきり使ってやろう。バター醤油ごはんのフリー素材があるならば、その倍の量のバターをごはんに鎮座させる。醤油は周りのごはんにかける。バターがとろりと溶けてきたころにスプーンで切るように混ぜ合わせる。
「いただきます」
しょっぱくて、バターの主張が強すぎて、めちゃくちゃな食べ物だ。なのに、今まで食べたごはんの中でなぜか一番おいしかった。
明日はお茶漬けを試してみようかな。
fin.